どうも、和佐です。
僕は漫画はただのエンターテイメントではなく「人生をエンターテイメントにする魔法の書」だと思って読んでいます。
巷にあふれる「自己啓発本」や「成功法則」よりもよっぽど漫画から学べることの方が多いわけですが、誰もが同じように漫画から多くのことを学べるわけではありません。
そう、漫画という史上最強の自己啓発本を読み解くには、読み手の能力が必要なのです(聖書などと同じですね)。
今回は「漫画を史上最強の自己啓発本にして、楽しみながら学びまくって、人生を成功に導くための漫画の読み方」について書いていこうと思います。
では、こちらが今回の目次です。
目次
1.今、時代的に「自己啓発」が流行る4つの理由
昨今、当たり前のように自己啓発本が売れていて、関連のセミナーなども大盛況ですが、一昔前まではなんとなく「カルト的」な匂いがしていたと思います。
僕は仕事柄、自己啓発系のコミュニティを運営する人たちの内情をよく知っていますが、自己啓発にどっぷりハマる人と、自己啓発の情報を発信する人たちの市場は拡大の一途を辿っています。
内容の良し悪しや善悪についてはここでは取り上げませんが、自己啓発というのは「自分の意識レベルを上げる」という意味では非常に有効です。
また、キリスト教や仏教の教えは、「自分を律する」という意味でも、「執着を捨てる」という意味でも、非常に優れた自己啓発だと言えます。
「自己啓発」という名前が怪しいので(苦笑)敬遠する人もいると思いますが、要するに、自分にとっての行動のエネルギーになるなら、どんなものだって自己啓発なのです。
僕にとってはそれが「漫画」であり、他にも映画やアニメやドラマなども同じように、僕が僕として生きていくための大事な指針になっています。
僕にとっては漫画は史上最高の自己啓発本なのです。
ところで、なぜ今、時代的に「自己啓発」が流行っているのでしょうか?
まずは、その理由について深掘りしていくことにしましょう。
1-1.インターネットの登場
人類の「情報伝達技術」の歴史は、
- 活版印刷(本や新聞)
- ラジオ
- テレビ
- インターネット
と、進歩してきました。
これらが開発される以前というのは、識字率も低く、情報は「その地域の支配下」にありました。
つまり、大昔には「生まれた場所から半径30キロぐらいの情報しか知ることができない・必要がない」という状態だったわけです。
でも今は世界中の情報がインターネットで見れるので、僕らが普段インプットする情報量は昔と比べると数千倍、数万倍になっています。
これを言い換えると、
「昔は情報との距離が近かった」
そして、
「最近は情報との距離が遠くなった」
と言えます。
情報との距離が近いってことは、その情報を直に確かめることができたわけです。
例えば、
「○○さんが警察に捕まったらしい」
「○○さんが埋蔵金を掘り当てたらしい」
「○○さんと○○さんが不倫してるらしい」
という情報があったとして、昔はその「情報の発信源」がすぐ近くにあったわけなので、ちょっと歩いて行けばその現場を見たり、本人に話を聞いたり、関係者に話が聞けたわけです。
だから、「現実(物理空間)」と「伝わってくる情報」がかなり高い精度で「一致」していたんです。
現実と情報が一致していると安心しますよね?
例えば、食べログの口コミを読んで実際に食べに行ったら本当に美味しかったら、その情報と現実は一致していることになります。
でも、今を生きる僕らにとっては「情報との距離」がどんどん遠ざかっているので、食べログの情報が真実とは限らなくなっています。
というかむしろ、真実である確率の方が低いですよね?
昔は別に情報(噂や習慣など)に対して、特に疑問を持つことも、疑問を持つ必要性もなかったわけですが、現代では情報に対して疑問を持つことの必要性が高まっています。
インターネットの登場でますますこれが加速しました。
テレビしかなかった時代なら、テレビの向こう側の世界って、あまり確認ができなかったわけです。
例えば「東京で、これが流行っている」と紹介されても、地方に住んでいたらその実態を確かめることがほとんどありません。
だから、
「テレビはあくまでテレビで、フィクションなんだ」
という感覚でテレビを見ていたと思います。
「へー、そんなこともあるんだなー」
ぐらいの感覚ですね。
これが最近では、インターネットで「個人」が情報を発信していて、さらに、単純に「移動」が楽になったので、
「インターネットで得た情報を実際に確かめに行く」
ということが当たり前になってきました。
中高生なら原宿に行ってみたり、海外旅行だってもう珍しくはありません。
テレビやネットで見たアイドルに憧れて、実際にその夢を追いかけようと思える時代なんです(昔だったら最初から無理だと諦めていた)。
インターネットで得た情報を実際に確かめに行くことが当たり前になってくると、多くの人は「情報と現実の落差」を感じるようになります。
「インターネットで騒がれてるほどでもないな・・・」
という感覚ですね。
経験ありませんか?(笑)
このガッカリ経験が続くと、情報に対して疑心暗鬼になっていくわけですが、そんな時に、運良く「とても相性の良い情報発信者」に出会ったりします。
YouTubeやFacebookやTwitterで、「本物(情報と現実の一致性が高い)」だと感じる情報を発信している人です。
例えば僕だったらゲームが好きなので、僕と感覚が近いゲーム実況者がいると、その人がオススメするゲームがやりたくなるし、実際にやってみたらすごく面白いことが多いです。
こんな風に、
「自分と相性の良い(感覚が近い)情報発信者」
が見つかるわけです。
インターネットは良くも悪くも「ずっと検索してると自分が求める情報が見つかる」ものなので、熱心に検索すればするほど、まるで引き寄せられるように巡り合ってしまうんです。
そして多くの人は「自分で考えて、確かめる」ということが嫌いですから、その相性の良い情報発信者の言葉を鵜呑みにし始めます。
例えばさっきのゲーム実況で言えば、もっと他にも面白いゲームはたくさんあるはずだけど、自分で実際にやってみて、面白いゲームを探すのがめんどくさいから、好きなゲーム実況者のトレースを始めるんです。
その実況者が言うなら間違い無いだろう、と。
で、そんな状態が長く続くと段々と「憧れ」が大きくなっていき、自分も「あんな風になりたい」と思い始めたりします。
そしてインターネットではそれが実際にできてしまいます。
ゲーム実況だって、自己啓発系の情報発信だって、このマンガタリのような情報発信だって、やろうと思えば誰でもできることなんです。
自己啓発にどっぷりハマる人たちは、
「疑心暗鬼の状態にほとほと疲れちゃった人たち」
だと言えます。
そんな状態で、運が良いのか悪いのか、出会ってしまったんです。
「信用できそうな人」に。
もちろんその人が実際に信用できるかどうかはわかりません。
詐欺師というのは言葉巧みに、弱った心に入り込んできますからね(苦笑)
運悪く詐欺に遭う人もいるし、逆に運良く、本当に人生を変えてくれるような人に出会うことだってあるんです。
だから「自己啓発が特別流行っている」というよりは、本質的に見ると
インターネットの登場で「情報」と「現実」の距離が遠くなったから、自分と相性の良い情報発信者を無条件に信用してしまう土壌が出来上がっている
ということが言えます。
1-2.VRがもっと進んだ先にある「自分だけの世界」
これから10年もすればVR(ヴァーチャル・リアリティ)の世界はもっと進歩するわけですが、こうなるとさらに情報と現実の距離は開いていきます。
例えば「プリクラ」とか、「自撮り」の写真はもはやVRですよね(笑)
現実とは全く違うものがプロフィール写真に使われていたりするんです。
もはや詐欺だと思いますが(苦笑)
インターネットはもう半分VRの世界で、もし完全なVRの世界が出来たら、さらにそれが当たり前になっていきます。
例えば「見た目」は好きなように変えられるだろうし、年齢や性別だって自由に変えることができます。
もう既に僕らはVRの世界に片足を突っ込んでいるわけですが、これからはさらに両足を突っ込んでいきます。
例えば、
- VR空間で恋をして(今はインターネットで恋活をしている)
- VR空間で結婚して(今はインターネットで婚活をしている)
- VR空間で家族を作る(今はインターネットで友達までは作れる)
なんてことが当たり前のようにできる時代がやってくるのです。
もしかすると物理的な接触は1度もしないかもしれません。
僕なんかは仕事上で関係がある人とオンラインだけでやり取りをしていて、1度も直接あったことがないということはざらにあります。
こうなってくるとまさに「情報」と「現実」の距離が極限まで遠ざかっていくんですが、その時には「現実」の意味が大きく変わってくるでしょう。
今の僕らが「現実」と呼ぶものは、
- 自分の感じたこと
- 他人からの評価
この2種類で構成されています。
例えば、彼氏や彼女にしても、最上位は
「自慢の・・・」
だと思います。
これってつまり「自分だけが好き」ではダメだってことですよね?
「リア充」という言葉もそうです。
「自分だけが好きでやっている」では、リア充にはならないわけですから。
「好き」には「みんなが見て、羨む」という条件も入っているんです。
最上位の現実は、「自慢の・・・」や「リア充」ですから、かなりの割合で「他人の評価」という基準が影響しているのがわかりますよね?
これがVRなどでさらに情報と現実の距離が開いていくと、今度は逆に「世間体」というものを気にしなくなっていきます。
今でも人には言えない「お気に入り」がパソコンやスマホの中には眠っていますよね?(笑)
なぜなら、VRの世界には「自分の好き」“だけで”作ることができるからです。
夢の世界なわけです。
恋人と2人なら、本当の意味で2人だけの理想の世界をそこに作れてしまうんです。
今はまだ「現実世界」という呪縛がある程度強くありますが、最終的にはそのタガが外れて、僕らは「自分だけがわかる情報世界」にどっぷり浸かっていくはずです。
そうなると価値を判断する基準はますます「自分の感覚」だけになっていくので、恐らく今よりもさらに、
「影響力の強い情報発信者」
に対する忠誠度が高まっていくでしょう。
周りの評価よりも、本人が心酔していることの方が重要になってくるので、カルト教団に入団するときに、周囲の人間が誰も止めてくれないような状態ですね(苦笑)
そりゃ、ハマっちゃうよ、と。
これは善し悪しの問題ではなく、人間とは本来的に「情報をちゃんと確かめるなんてことができない生き物」だということです。
だってそもそも、インターネットがなければ情報と現実の距離は近かったわけですから、情報を確かめる必要がありませんからね。
僕らは慣れていないのです。
これを悪く解釈すると、
「人間はどんどん騙されやすくなっていく」
とも捉えられますが、逆に解釈すると
「自分が信じる道を行けばいい(他人の意見は関係ない)」
という風に前向きに捉えることもできます。
僕は前向きに捉えているので、
「世界は自分の認識でできているし、認識次第で変わる」
と思っています。
だから、「漫画」などのフィクションを読んでも、僕は自分の血肉として学ぶことができるということです。
1-3.二重人格化で現実がより生き辛くなっている
VRの世界が当たり前になると、
- VR上の自分(情報としての自分)
- 現実世界の自分(物理的な自分)
この「解離」が大きくなっていきます。
例えば、VRのゲーム上では王様でも、現実は清掃員だったり。
僕らはすでに「インターネット上の自分」を持っているので、VRの世界ほど極端ではないにしろ、もうすでに二重人格化しているのです。
僕の場合はインターネット上の自分(これを書いている人格)と、現実世界の自分(コンサルタントとしての人格)が、ほぼ一致しているので、こうやって趣味に没頭するのも、仕事をするのも、同じぐらい楽しいですが、二重人格が進むと現実世界で生きづらくなっていきます。
自己啓発が時代に求められるもう1つの理由として、この「二重人格化」があると思います。
- 理想と現実のギャップ
- 情報と現実のギャップ
もっと具体的に言えば、
- インスタと現実のギャップ
- Twitterと現実のギャップ
- Facebookと現実のギャップ
これらに悩まされているんです。
そんな状況でさらに・・・
1-4.リア充という名の幻想
友達のアカウントの「リア充っぷり」を見せつけられたとしたら、まあ、ムカつきますよね?(笑)
みんなは楽しそうだけど、自分は違う。
「パリピ」という言葉が流行りましたが、実際のところ、ナチュラルにあれを楽しめる人たちもいるんです。
つまり、そーゆー人達にとっては、ネット上のパリピな自分と、現実のパリピな自分が一致しているので、かなり充実しているはずです。
でも、それを「見せられる側」というのは、無視したくてもどうしても気になってしまうし、気になってしまうってことは心のどこかで憧れがあるんです。
「俺もあんな風に楽しく生きたい」
でも、そう思っても例えば性格の問題で実行に移せなかったり、現実の仕事や家族の問題で実行に移せなくて、悶々としてしまう。
真面目な人間ほど、理想と現実のギャップに悩んで、生きづらい時代なのです。
いやー、ほんと、大変ですよね(苦笑)
2.漫画を最強の自己啓発本にする5つの視点
さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここまでの話を整理すると、僕らは、
- 情報と現実の距離が離れた時代を生きている
- それ故に情報にがっかりしたり騙されることが多い
- 騙されることが嫌なのに相性の良い情報発信者と出会うとコロっと身を委ねてしまう傾向がある
- 人間はそもそも自分で考えたり確かめることが嫌い(下手)
- 誰かや何かに強い影響を受けるのはいいけど、もしかするとそれこそが不幸の入り口かもしれない
ということでした。
運良く善良な影響力に引っ張られて、人生を良くしていくことができればいいですが、場合によってはその真逆になることもあるということです。
そしてこれからの時代を考えると、
- 現実よりも情報の方が重要度が上がっていく
- より一層、影響力のある個人を盲目的に信じてしまう
- 客観的に見てそれが「カルト」だとしても、もう誰も止めてはくれない
ということも言えます。
これを悲観的に捉えると、
「どんどん人間が騙されやすい環境になっていく」
という風にも言えるし、前向きに捉えれば、
「自分の信じるものがすべてだから、信じる道を行けばいい」
ということになります。
僕はこれは人間の「性質」だと思ってるので、悲観的ではなく、前向きに捉えていますが、恐らく、
「人間は自分の認識で生きてる(故に騙されやすくもある)」
という事実に対して、後ろ向きになればなるほど、むしろ騙され易くなっていくと思います。
「騙されないぞ!騙されないぞ!」と、肩に力が入っているってことは、裏を返せば心のどこかで「真実」みたいなものがあると思っている証拠ですからね。
でも本当は「共通の真実」なんてものはないんです。
あるのは、人それぞれの認識だけ。
つまり、
「私はこう思う、こう感じた」
という感覚だけで、その「相性が良い」としても、100%同じ景色が見えているわけではないってことです。
だとすればむしろ、
「自分“は”こう思う、こう感じる」
という「“は”」を前向きに強化していったほうがいいんです。
それを他人と無理に共有する必要はないし、そもそもできませんからね。
だから僕が考える
「漫画から学ぶ自己啓発」
というのは、どこまでも「自分だけのもの」なんです。
漫画から教えてもらうものでも、誰かと共有するものでもなく、自分で勝手に解釈して、自分で勝手に人生に活かしていく。
自分で勝手に学べて、自分で勝手に人生に活かせて、自分で勝手にどんどん進んでいけるとしたら、まさに最強だと思いませんか?
誰かにお伺いをたてる必要も、誰かの評価を気にする必要もないんです。
僕は漫画だけではなく、あらゆることをこんな風に、
「自分の勝手な理解」
として受け入れています。
だから自己啓発いらずなんですよ(笑)
そんなの人に言われるまでのことではないですからね。
では、僕が実際にどんな風に漫画を読んでいるのか、紹介していきたいと思います。
2-1 漫画は人生のシミュレーション実験
「漫画」というものをただのエンターテイメントとして捉えるのは非常に勿体無いことです。
僕は漫画を「高度なシミュレーション実験」だと思っています。
漫画は「もしも・・・」の世界を高度にシミュレーションしている、ということです。
- もしも・・・の世界で
- もしも・・・のキャラクターが
- もしも・・・の事件に遭遇したら?
これをシミュレーションしているのですから、あながち「荒唐無稽」とは言えないのです。
というか、仮に完全な荒唐無稽な漫画があったとしたら、それは難解すぎて誰にも理解できないし、単純につまらないはずです。
だって漫画には「共感」が必要ですよね?
登場人物の行動が意味不明すぎたら、読み手は混乱します。
だからあくまで、
「読み手が理解できる範囲での行動に限定されている」
わけです。
これって現実世界も同じだと思いませんか?
僕らは「物理的な制約」と「文化的な制約」に行動を制限されているので、そう簡単に「誰も想像がつかないような行動」を起こすことはできません。
漫画の場合は「もしも常識を無視するキャラがいたら・・・」というシミュレーションをするので、常識という制約は無視することもありますが、それでもやはり「その世界のルール」で生きています。
例えば「ルフィ」は無茶をしますが、
- 「海賊」というルール
- 「海賊王」という目的
- 「仲間」という人間関係
などに縛られているので、本当の意味で無茶苦茶な行動はしません。
無茶苦茶に見えるルフィでさえ、あくまで、設定上のルールの範囲内での行動をするだけなんです。
つまり、漫画というのは、
「与えられた設定の中でいかに面白くするか」
という遊びだということです。
そしてそれは、僕らの人生も全く同じです。
「与えられた人生(設定)をいかに面白くするか」
ですから(笑)
つまり漫画というのは
「与えられた設定の上でいかに面白くするかをまとめた教科書」
なんです。
ね?
こうやって読むと漫画が史上最高の自己啓発本になるのも頷けると思いませんか?
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
幕末の志士・高杉晋作の辞世の句ですが、まさに人生とはこれで、「初期設定は特に面白くないもの」なんです。
だから人生(設定)そのものに期待するのは間違っていて、その設定をいかに面白くしていくかが全てなのです。
2-2 ヒーローになる方法が学べる
漫画の王道はやはり「ヒーロー」ですよね?
現実には超常的な力を持ったヒーローは存在しませんが、しかし、「個人が特別な力を持つ場面」というのは現実によく起こります。
例えば仕事の現場では、
「その人にしかできない仕事」
があったり、
「その人の決定が全体に大きく影響する場合」
があったり。
プライベートでも、
「自分がお金を出す場合」
だったり、
「自分が言い出しっぺの場合」
などには、自分が強い決定権を持ちます。
こんな時、どんな風に振る舞うかで人生は大きく変わってきます。
例えばこんなこと経験ありませんか?
「自分の意見を優先しすぎた結果、周りとの関係が悪くなった」
とか、
「自分が企画した合コンで友達の方がモテてむかつく」
とか(笑)
人間は無意識に生きていると必ず「自分」を優先するものです。
だからついつい自分に決定権があると、傍若無人に振る舞ってしまったり、あるいは「自分の手柄」を褒めて欲しかったりして、なんだかモヤモヤしたりするわけです(笑)
でも、こう考えればいいのです。
「自分に特別な力が一瞬でもあるのなら、それをみんなのために使おう」
これがヒーローの考え方ですよね?
僕らは漫画のヒーローのように「永続的に特別な力を備えている」わけではなく、「限定的に特別な力が与えられる」ので、ついついその力を自分のためだけに使いがちですが、でも、誰かのために使った方が結果的に楽だし、得るものが大きいのです。
そしてヒーロー漫画には付きものの、
- 褒められなくても助けるのか
- どこまで助けるべきか
- 普通になりたい
という葛藤が出てきますが、これに関してはとてもシンプルで、
褒められない → あくまで自分がやりたくてやっている
どこまで助ける → 自分が良いと思う塩梅までやる
普通になりたい → どーせ限定的だからすぐに普通に戻る、だからその状況を楽しめ
これでいいんです。
こんな風に「限定的ヒーロー」として生きることができれば、結果として周囲の人間の自分に対する評価が上がり、自分に最大のメリットが返ってくるわけです。
僕らは実は「限定ヒーロー」なんです。
2-3 ヒロインになる方法が学べる
女性であれば漫画から「ヒロイン性」を学ぶこともできます。
例えば、人生のうち1度ぐらいは「モテキ」が来るかもしれません。
そんな時どう振る舞えばいいのか?
八方美人で「モテてる状況を長く楽しむ」というのは愚策中の愚策ですね(苦笑)
そんなものは本物のヒロインに任せましょう。
現実における「限定的ヒロイン」の場合、最も正しいと思われる行動は、「モテキこそ、1人に決めて、1人を愛する」ということだと思います。
まあ、そもそも愛せる人がいない場合はあれですが、要するに、
「複数人との浅い関係」
よりも、
「1人との深い関係」
を持った方が、より高いヒロイン性を持つことができるということです。
そして何より、失敗がない。
僕は男ですが、仕事柄、「複数の人から同時にオファーを受ける」ということがしょっちゅうあります。
つまり、仕事上では僕のずっとモテキなんです(笑)
でもだからと言って八方美人な振る舞いはしません。
僕の性格的に「面倒くさい」というのもありますが、本質は、
「ちゃんと1つ1つ丁寧にやった方が、良い仕事ができるし、自分がレベルアップできる」
ということです。
ヒロインも同じで、八方美人よりも1人を選んだ方がより「良い女」になれるってことなんです。
「ヒロイン的状況」をうまく活用して、より「良い女」になっていけば、最終的にやはり自分に一番メリットがありますよね?
「漫画から学ぶ」というのは「漫画と同じように振る舞う」のではなく、
「漫画を踏まえた上で、自分の限定的な状況での振る舞いを考える」
ということです。
漫画の場合は大抵が「永続魔法」にかかっていて、ヒロインは永遠にヒロインですからね(苦笑)
でも現実は必ず「限定的」なのです。
2-4 モテる方法が学べる
女にモテたいなら少女漫画を読め、
男にモテたいなら少年漫画を読め、
と、まことしやかに言われていますが、実際、漫画には「夢と理想」が詰まっています。
だからその意味では「モテる方法」も漫画から学ぶことができるわけですが、ここでも忘れてはいけないのが、
「現実は漫画と違って限定的」
だということです。
例えば学園モノの漫画では、男女が何かしらの「繋がり」によって、同じ場所と時間を共有せざるを得ない状況が出来上がります。
「生徒会」とか、「隣に住んでる」とか、最近だと謎の「いきなり同棲」とか(笑)
残念ながら現実世界ではそうそう上手いこと、「良い相手と運命的に継続的な関係状態」になることはありません。
合コンなどで同じ場所と時間を共有できても、それはその場限りの限定的なものです。
だから、
- 如何に長く場所と時間を共有する状況を作るか
- 如何に短い時間で親密になるか
を考えていく必要があるわけですが、漫画の場合はある意味、この一番めんどくさい部分がすっ飛ばされているわけです。
しかしここをクリアすれば後は簡単で(笑)
例えば男を好きにさせるなんて、特に難しいことではありません。
まあここでは詳しくは書きませんが(笑)
とにかく、漫画と現実の違いをしっかりと把握した上で、漫画から学んだことが生かせれば、きっと面白い結果が出るということです。
2-5 ビジネスが学べる
漫画ではさらに、ビジネスの極意を学ぶこともできます。
インベスターZなどで直接的に学ぶこともできるし、他の漫画でも「リーダー論」を間接的に学ぶこともできます。
僕が漫画でいつも学んでいることは、
「愛と真心」
です(笑)
結局、どれだけ相手に対して献身的になれるかが全てで、相手を金づるとしか見ていないとビジネスはうまく行きません。
漫画のキャラは大抵の場合、
「おせっかいで、いい奴」
なんです。
だからこそ色んなキャラと友達になったり、色んな事件に巻き込まれるわけです。
「おせっかいで、いい奴」ってことは、ちゃんと人間を人間としてみているってことです。
そして、
「人間は人間にしか付いていかない」
「人間は人間に惹かれる」
「人間は人間に興味があるし、興味を持ってもらえると嬉しい」
これが本質なのです。
だから人間を無機物として扱うことこそが、最もビジネス的にも人生的にも愚かな選択だということを、僕は漫画から学びました。
大体の場合、人間を無機物扱いするキャラって最後に手下に裏切られて終わって、そして最後の最後で親友とかに守られるんですよね(笑)
で、ちょっと改心する。
現実もこれと全く同じなのです。
特に最近のビジネスは「仲間づくり」が重要ですからね。
3.まとめ〜現実と情報の差を利用する〜
今回の記事では「漫画を史上最高の自己啓発本にする」ということで書き始めましたが、前半ではちょっと飛ばしすぎましたね(苦笑)
多分、「なんとなく」はわかってもらえたと思いますが、「しっくり」はきていないんじゃないかと思います。
でも、僕らはもうすでにインターネットというものによって、VR、つまり「拡張現実」というものに片足を突っ込んでいます。
インターネットではリア充でも、現実はそーでもない女子がいたり、お金持ちぶっている商魂たくましい貧乏人がいたり、「インターネットの自分」と「現実の自分」が乖離する現象がいたるところで見れるわけです。
これは別に「他人事」ではありません。
僕らはそもそも、この「情報の世界」というものに慣れてないので、無自覚的にインターネットを使っていると、どんどん嘘が嘘を呼んで、どんどん情報と現実の距離が離れていってしまいます。
だからしっかりと意識的に、
自分自身の「情報」と「現実」を一致させていく
必要があるんです。
でもこの「情報」と「現実」の関係性は、
「タマゴが先か、ニワトリが先か」という関係性なので、上手く使うことができれば、
「情報によって現実を更新すること」
ができます。
例えば、僕はこうやって「マンガタリ」を執筆しているわけですが、これを書くようになったことで、それまでよりももっと深く漫画を読むようになったし、読まず嫌いもなるべくしないように勤め始めました。
インターネット上にある僕の情報が、
「和佐大輔は漫画が好きらしい」
ぐらいの情報から、
「和佐大輔は漫画研究家で、死ぬほど漫画について語りたいらしい」
とういう情報に上書きされて、それに合わせて僕の「現実」も変化し始めたということです。(まあ自分で言い出したんですが 笑)
これがもしポロっと言ってしまった「嘘」だったら自分の望む方向には転んで行きませんが、僕の場合は自分で意識的に
「ちょっと風呂敷を広げる」ということをやっています。
情報と現実を一致させるってことは、要するに「有言実行」ってことですから、うまく使っていけばどんどん自分の人生を切り開いていくことができるんです。
そしてこの、
「あれよあれよと情報も現実も更新されていく感じ」
というのはまさに「漫画の感覚」です。
漫画の場合はそれが「嘘」や「ハッタリ」だったりするんですが、いずれにせよ、そうやって「多少無理矢理にでも前に進めようと」しなければ、物語は進んでいかないのです。
こんな風に漫画から学べることは無限にあります。
今自分に与えられている設定(人生)の中で、如何に面白くしていくかを考えていくことが僕らの最大の楽しみだと思います。
ほとんど同じ設定の人生でも、本人の意識次第で面白くなるかどうかが決まってくるわけですからね。
漫画から学び、漫画のキャラのように生きていきましょう。
そうすればきっと「おもしろきこともなき世をおもしろく」生きていけると思いますよ。
4.下手な自己啓発本を読むならこれを読め
最後に、僕がオススメする「人生の指針」になる(と思う)偉大な名作漫画の紹介しておきます。
1.イティハーサ
僕の座右の銘は、このイティハーサに出てくる「青比古」の「俺にできることは知ること・考えること・伝えることだけだ」というセリフです。
読めばきっとガツンと衝撃を受けるはずです。
2.蒼天航路
「ならばよし!」「至弱こそ至強」「唯才是挙(たださいのみこれあげよ)」「アモーレ!」などなど、数々の曹操の名言が心に響き渡ります。
絶対に読むべき漫画だと思います。
3.天才柳沢教授の生活
ちょっとおかしなおじいさん・柳沢教授とその周囲の人間たちが織りなす不思議なストーリーはきっと癖になるはずです。
そして何より、柳沢教授の生き方は、僕らが忘れてしまいがちな「人間の本質」を思い出させてくれます。
4.HUNTER × HUNTER
HUNTER X HUNTER 1 (ジャンプ・コミックス)
最近はずっと休載が続いていますが、どれだけでも待つから必ず最後まで描き切って欲しい作品です。
僕はこの漫画を読むと涙が止まらなくなる時があります。
5.バガボンド
もはや作者である井上雄彦先生の哲学書だと言っても過言ではありません。
武蔵が生きた「天下無双」の人生で、最終的に悟りを開くまでのプロセスを僕らに追体験させてくれます。
以上、5作品とも「至極」の作品なので、ぜひ読んだことがない人は読んでみてください。
読んだことがある人も、あと100回ぐらい読み返しましょう(笑)
では、今回は以上です。
和佐大輔
P.S. こちらの記事もあわせてどうぞ。
http://mangafull-jp.check-xserver.jp/how-to-become-a-hero
僕も漫画が好きでよく見ています。
和佐さんのことを最近知りファンになりました
(文章が面白い、どんどん読める)
「イティハーサ」という漫画はこちらのサイトで初めて知りました。
紹介されなければ自分からは読みにいくようなジャンルではなさそうでしたので、この機会に是非読んでみたいと思います。
ちなみに漫画研究科(笑)の和佐さんはもうご存知かもしれませんが
最近読んだ「ちおちゃんの通学路」作者:川崎直孝
というのが漫画とても面白かったです。
ストーリー・・・
『女子高生が家から学校に行くまでの話』
主人公はゲームが大好き(特に海外の銃撃戦)三谷裳 ちお(みやも ちお)
通学路で起こる様々なドラマが楽しめます。
よく通学路という限定された中でここまで話を広げたなという感じです。
現在6巻まで発売されていますが、読み始めたら一気に読んでしまいました。
妄想力を大爆発の逸品です!
もし、未読でしたら是非^^
漫画が 苦手でした。巷の噂を耳にし、
いろんなサイトでも 読みかじり、、、
美味しんぼ のダメ ピアノの森だけは
読みましたが
こちらで 衝撃の出逢いをしました。
ぜひ オススメ漫画より
読んでみたいです。
愛 と優しさ そして 愉快さも感じました
今後も力作を綴られていくのでしょう。
楽しみにしておりまする