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『クズの本懐』で一番のクズ?最も嫌われ、最も愛された女・皆川茜を徹底考察します!

こんにちは! 横槍メンゴ作品をこよなく愛するマンガフルライター、柚木です。

こちらでは以前、横槍メンゴ先生の短編集を紹介する記事を書かせて頂いたことがあるのですが……↓

 

横槍メンゴ作品は短編もすごい!『めがはーと』『一生好きってゆったじゃん』が描くエッジの効いた人間ドラマの魅力を紹介

2022年12月9日

 

今回は『クズの本懐』で一番のクズなのでは? との呼び声も高いキャラクター・皆川 茜について語り倒したいとおもいます!

茜といえば、その美貌と清楚な仮面で、主人公・花火周辺の人間関係をひっかきまわす本作のヒール。

それだけに、読者によってかなり好き嫌いが分かれるキャラクターだと思うのですが……

なにを隠そう、私は茜さん大好き!!

基本的には素直な良い子が好きなのに、この人のせいで何かがちょっと目覚めちゃったレベルで好きです。

 

クズ女レーダー!?

(『クズの本懐』5巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

そんなライターによる、皆川 茜・徹底解剖! もとい考察。

茜の魅力はもちろん、彼女のキャラクター造形が『クズの本懐』ストーリー全体の魅力とどんな風に結びついているのか? まで、じっくり考えていきたいと思います。

(こう書くとやや大風呂敷感がありますが、茜を通して語る『クズの本懐』論みたいな記事を目指しました。)

ライターの重い作品愛ゆえ、1万3千字超えのボリューミーな内容となっております。

 

  • 茜さんが好き
  • 茜さんが嫌い
  • 『クズの本懐』の考察に興味がある
  • 『クズの本懐』が好きで、あらためて魅力を振り返りたい
  • クズ女レーダーが疼くぜ!

 

そんな『クズの本懐』を愛する方々に、ゆっくりとお楽しみいただければ幸いです。

 

(注意書き)

本記事は『クズの本懐』全9巻(『décor(番外編)』を含む)、および『クズの本懐 7.5 公式ファンブック』のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。

 

 

1、『クズの本懐』&皆川 茜の基本情報

まずは『クズの本懐』、そして、本記事の主役である皆川 茜の基本情報をざっとおさらい!

1-1 『クズの本懐』ってどんな漫画?

著者 横槍メンゴ
出版社 スクウェア・エニックス
掲載雑誌 月刊ビッグガンガン
掲載期間 2012年9月~2018年5月
巻数 全9巻(本編8巻+番外編1巻)

 

『クズの本懐』は、横槍メンゴ先生によるオリジナル長編漫画です。

2012年から「月刊ビッグガンガン」で連載がスタート。

好評を受け、2017年には実写ドラマ化、そしてフジテレビ・ノイタミナ枠でのアニメ化を同時に果たした、横槍メンゴ先生の代表作です。

(豪華キャスト・スタッフ陣によるアニメ版もハイクオリティでした! ↓)

 

 

そんな人気作『クズの本懐』で描かれるのは「かけがえのある」恋人契約

本作の登場人物たちは皆、「かけがえのない」誰かに片想いをしています。

でも、その人にはどうしても手が届かない。

だから、苦しさを紛らわせるために、別の誰かを大好きな人の「代わり」として求めてしまう

たとえば、主人公の花火と麦は恋人契約を結び、お互いの身体に、それぞれにとっての「かけがえのない」相手の姿を投影して慰め合います。

 

抱き合っても頭に想い描くのは、そこにいない「本命」の姿

(『クズの本懐』1巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

あるいは、別な誰かの「代わり」としてでも良いから、大好きな人に自分を見てほしい、と願ってしまう人たちも。

 

本命の「代わり」として利用くらいしてよ、と花火に迫る早苗

(『クズの本懐』4巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

花火たちは、手の届かない「かけがえのない」誰かへの気持ちが強すぎるがゆえに、「かけがえのある」恋人関係という沼にはまっていきます。

本作がアニメ化されたときのキャッチコピーは

「私たちは まっすぐに、歪んでいく。」

というもの。

まさにそのコピーどおり、痛々しいぐらいのまっすぐな想いと、歪んだ欲望や鬱屈がごちゃまぜになった刺激的なストーリーが展開される作品です。

 

1-2 皆川 茜ってどんなキャラクター?

つづいて、本記事の主人公・茜について見ていきましょう。

皆川 茜(みながわ あかね)23歳。

花火たちの通う高校で音楽教師をつとめています。

その清楚な容姿と親しみやすい性格で、赴任当初から男子学生たちの憧れの的。

 

(『クズの本懐』1巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

茜は、花火と恋人契約を結ぶ麦が、本当に好きな相手です。

そして同時に、花火にとっての「本命」、クラス担任の鐘井が想いを寄せる女性でもある。

つまり、メインヒロイン・花火の周辺にいる男性からの好意を一身に集める清楚系モテ女。それが皆川 茜です。

しかし、物語が進むにつれて、一見清楚な茜の本性がしだいに明らかになっていきます。

じつは彼女は、とんでもない男好き

しかも、好意を寄せる女性がすでにいる男性に横からちょっかいを出して、かっさらうことに快感を覚えるという性格の悪さ。

 

「花火を煽るのが楽しい」というだけの理由で、全くタイプではない鐘井にアプローチする茜

(『クズの本懐』4巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「異性にチヤホヤされるとひたすらに気分がいいですし、同時に同性から向けられる嫉妬心を扇情するのは正直もっと好きです」

(『クズの本懐』7巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

うーん、清々しいまでのクズ!

私はヘテロの男性で、女性キャラをどこか甘い目でみてしまう傾向がある、と自覚しています。

茜にたいしても「美人がストレートにえげつないこと言うのって絵になるよな」というルッキズム丸出しのダメ思考がゼロとはいえません。

でも、男女の立場を逆転させて「茜みたいな男」を想像してみると、いやーこれはキツい。

自分の好きな人には絶対に近づいてほしくないタイプ。

じっさい、『クズの本懐』アニメ化のさいに行われたメインスタッフ対談のなかで、「作中一番のクズは誰?」という質問にたいして、番組プロデューサー・藤山 直兼氏は茜の名前を挙げていました。

 

僕は茜さんが一番のクズだと思います。みんなが理性で抑えている事を、罪悪感なく、普通に行動に移してしまうところが。

(『クズの本懐 7.5 公式ファンブック』横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

と、こんな具合にアニメのメインスタッフからも「作中最クズ!」の声があがる皆川 茜。

でも、えげつない言動をとるだけの「ただのクズ」じゃなくて、ちゃんと「魅力的なクズ」としてのキャラクター造形が成功しているのが、本作の見事なところですよね。

ここからは、茜がどんな風にクズくて、でも/だからこそ魅力的なのか?

そして、そんな彼女のキャラクター造形が、ストーリー全体の魅力とどんな風に結びついているのか? をライター目線で語っていきます。

 

2、ライターが選ぶ皆川 茜の魅力・ベスト3!

まずはライターが独断と偏見で選ぶ、茜の魅力ポイント3つをご紹介!

 

2-1 ここまでいくと清々しい!「清楚モード」と「ダークモード」のものすごい落差

茜の魅力その①。

それは、清楚な仮面をかぶっているときの見事な擬態っぷりと、ダークな本性をあらわしたときの落差の大きさです。

茜の外見について、横槍メンゴ先生はこんな風に話しています。

 

茜のビジュアルイメージは「自分が冴えない童貞男子高生だった場合、どんな感じの家庭教師が来てくれたらうれしいか」と考えて決めました。

描く時は、ふわっと。ダークな時はひたすらダークに。

(『クズの本懐 7.5 公式ファンブック』横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「冴えない童貞男子高生」にとっての理想をイメージした、とのことですが、チェリーボーイじゃなくてもグラっときますよこんなの!

 

(『クズの本懐』4巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

もちろん、彼女の親しみやすい言動やファッションはすべて計算ずく。

茜の胡散臭さを最初から嗅ぎとっていた花火は、彼女の外見をこんなふうに評しています。

 

(『クズの本懐』1巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

長い髪 だっさいベージュのカーディガン わざとらしいくらいのシャンプーの香り 控えめのナチュラルメイク

(『クズの本懐』1巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

公式ファンブックによると、茜のファッション傾向は「赤文字命。」とのことですが、以上の特徴を一言でまとめると……

 

(『クズの本懐』1巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

すみません! 私は女子アナにはとくに興味ないけど美人なら誰でも好きなんです! (クズ発言)

そんな清楚キャラ・茜がしだいに本性をあらわしはじめるコミックス3巻以降の展開は、ストーリーの大きな見せ場のひとつ。

「えっそうなの? この漫画おもしれー!」

というカタルシスがありました。

 

ダークモード全開!

(『クズの本懐』7巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「描く時は、ふわっと。ダークな時はひたすらダークに。」

横槍メンゴ先生の発言どおり、フィクションにおけるキャラの「ギャップ」って、落差が大きければ大きいほど魅力ありますよね。

ツンデレ然り。ギャップは正義なのです!

 

2-2 まるで悪徳経営者?恋愛パワーゲームでみせつけるニヒルな無双っぷり

茜の魅力その②は、恋愛模様のなかでみせつける圧倒的な無双感です。

鐘井と麦。

花火にとって大きな存在である両者からの好意を一身に受け、優越感を花火に浴びせかける茜。

 

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

主人公のライバルとして、じつに見事なヒールっぷりをみせつけてくれました。

物語の敵は、強ければ強いほど作品が盛り上がりますよね!

個人的には『クズの本懐』の面白さの半分ほどは、茜という「敵役」が担っていたんじゃないかと思います。

 

麦からも「ラスボス」と評される茜

(『クズの本懐』6巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

そんな茜の強さの理由。

それは「誰のことも好きにならない(なれない)」ことでした。

彼女が好きなのは自分だけ。他人を好きになる、という気持ちがわからない茜。

 

いいじゃない ちょっとぐらい 羨ましいのよ 

自分以外の誰かを好きになるなんて 私には ありえないから

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

誰のことも好きにならない(なれない)。つまり「かけがえのない」相手がいない。

『クズの本懐』は、誰もが「かけがえのない」誰かのことを思いつめるあまり、愚かな行動をとってしまう物語。

でも、そんな中で茜だけは「かけがえのない」特定の相手をもたないんですよね。

「かけがえのない」相手がいない。だから、人間強度が下がらない=最強!

 

(『クズの本懐』7巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「かけがえのない」誰かがいない。

これはすなわち、すべての男が「かけがえのある」存在、ということでもあります。

たとえば「A男くん」が自分の元から去ったら、その穴は「B彦さん」で埋めれば問題ない。すべての男は交換可能。

要するに茜は、どの男が自分にとって替えの効かない「価値」がある男なのか判断できない

だから、他の女がすでに好意を抱いている男=他の女が「価値」を感じている男にばかり反応してしまう。

 

誰かが「良い」って言ってなきゃ 良さがわからないのよね

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

茜の略奪癖は、こんなにも虚無的なロジックに支えられているんですね。

キープしていた男が「彼女とは別れたから」と言ってきたとたん冷めてしまうのも、こうした理由からです。

 

「今 誰もこの人を「魅力ある人」だと証明するヒトがいない」

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

つまり茜は、男(人間)の価値を通貨と同じように捉えています。

たとえば一万円札は、皆が「一万円分の価値がある」と信用しているからこそ、そこに価値が発生していますよね。

国が財政破綻をおこしてその信用が崩れたら、ただの紙切れです。

茜にとっては、男も同じ。

他の誰かが「良い」と価値を保証したときにはじめて、茜にとってのその男の価値も発生する。

なので、他の誰かによって価値を保証された男(≒通貨)を横取りしまくる茜は、社会のなかで例えてみるならば、イケイケで強欲な経営者みたいなキャラクター。

「市場経済における強者」っぽいイメージをまとった敵役なんですね。

じっさい、茜の「市場経済における強者」感は、こんなシーンにも表れていました。

中学時代のこと。

茜は、友達の片思いの相手を(好きでもないのに興味半分で)横から奪いとります。

それでも、目を赤く泣き腫らした友達から「お似合いだよ」と祝福されたときに、茜のなかに湧きあがってきた感情。

 

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

その時私の中に生まれた感情は 罪悪感じゃなかった 

薄っぺらい優越感でもなかった

こんなふうに「搾取される側」には死んでもまわりたくない

ってこと…

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「搾取」というワード。

誰のことも好きにならず、人間の「かけがえのない」価値を理解しない茜は、恋愛を「搾取する/される」という市場のパワーゲームみたいなものとして捉えている。

恋愛作品の敵役、というポジションをこえて茜が読者をギョッとさせるのは、彼女がこのような従業員を使い捨てる悪徳経営者みたいな価値観に基づいて行動しているからではないか? と思います。

目先の利潤をインスタントに最大化することしか頭になくて、

「あなたが死んでも、代わりはいるもの」

とばかりに平然と従業員を使い潰すタイプの経営者、いますよね(体験談)。

その意味で、茜はとても現代的なフレーバーを纏ったキャラクターであり、だからこそ読者に強烈なインパクトを与える敵役になり得ています。

 

2-3 バトル漫画ばりのライバル関係!主人公の花火とタメをはる圧倒的存在感

茜の魅力その③は、作品の「裏主人公」としての絶大な存在感! です。

本作の主人公・花火と、敵役・茜。

両者は『クズの本懐』の物語のなかで、ポジとネガの関係……すなわち

 

  • 『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーとダース・ベイダー
  • 『Fate/Zero』の衛宮切嗣と言峰綺礼

 

みたいな「対」の関係にある。

このことは、いくつかのシーンでわりとはっきり示唆されていたので、気づいた方も多いのでは? と思います。

物語上の二人の対照関係がもっともダイレクトに表れていたのは、有名なこの二つのセリフの対比ですよね。

 

「興味のない人から向けられる好意ほど、気持ちの悪いものってないでしょう?」

(『クズの本懐』1巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「他人(オトコノコ)から向けられる好意ほど…気持ちいいモノなんて…ないのに♡」

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

これ、花火のセリフのコマだけが切り取られて、ネットでひとり歩きしてしまった感もありますが……。

(女性作者のシビアな恋愛観が現れている、みたいな。)

花火のセリフは、物語全体の流れの中で「主人公と敵役との対照関係」をあらわす役割を担っているもの。

あくまでも、茜のセリフとセットで捉えたときに「フルに」機能するセリフです。

その一方だけを物語の文脈から切り離して云々するのは、いささか片手落ちなのではないかなーと思います。

(そもそも、キャラクターの発言と作者の思想を同一視すること自体に慎重になるべきですが。)

まあそれはまた別の話。花火と茜の対照関係に戻りましょう。

さきほどの二つのセリフは、「かけがえのない」人がいる/いないに関しての、花火と茜の考え方の違いをよく表しています。

 

  • 花火:「かけがえのない」人がいる→だから、それ以外の人からの好意は「気持ち悪い」
  • 茜:「かけがえのない」人がいない→だから、全ての人からの好意が「気持ちいい」

 

かけがえのない人が「いる」か「いない」かの出発点が違う。

だから、たどり着く結論も「気持ち悪い」「気持ちいい」という具合に真逆。対照的な二人です。

でも、これ、ちょっと見方のアングルをかえてみると

 

  • 花火:「かけがえのない」人がいる→だから、それ以外の人を「かけがえのある」存在として扱う
  • 茜:「かけがえのない」人がいない→だから、全ての人を「かけがえのある」存在として扱う

 

ということにもなります。面白いですね。

花火と茜は、かけがえのない人が「いる」「いない」という真逆の出発点からスタートしている。

なのに、結果としては両者とも同じような「かけがえのある」恋愛という沼にはまりこんでいる。

「真逆の立場から同じような境地に至る」という意味では『聲の形』の将也・硝子と似た関係の二人なんですね。

(既読の方にしかわからない例えですみません。)

そしてもうひとつ、花火と茜には「二人で1セット」感を感じさせるポイントがあります。

それは、両者ともに

「孤独で無感覚な世界から、鐘井との出会いによって抜けだす」

という共通点です。

 

「ずっと心地よくすらあった 一人の世界」

(『クズの本懐』6巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「悲しみすらも私にはきっと縁がない」

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

幼いころ、まるで悲しむための「スイッチが切れちゃった」みたいに、母の前で泣かない子供だった花火。

そして「当事者意識が極端に薄い」無感覚がデフォルトの茜。

両者には、ともに「孤独で無感覚な世界に浸りきっていた(いる)」という共通点があるんですね。

しかし、花火も茜も、鐘井との邂逅(深い意味での出会い)によって無感覚の世界から抜け出し、涙を流します。

 

(『クズの本懐』6巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

以上のように、花火と茜は一見正反対なようでいて、共通した部分も持ちあわせています。

ここであらためて、二人の物語上の関係を図で整理してみましょう。

 

かなり単純化した図ですが、参考までに

 

二人のヒロインは、そもそものスタート地点では、ともに「孤独で無感覚な世界」に閉じこめられています。

やがて幼いころの花火は、鐘井との邂逅によって、そこから抜け出します。

しかし同時に、「かけがえのない人」となった鐘井への届かない想いを埋めるため、「かけがえのある恋愛」という沼へとはまり込む(花火ルート)

いっぽう鐘井と出会わなかった茜は、誰のことも愛せない無感覚をこじらせて、やはり「かけがえのある恋愛」沼へとはまり込む(茜ルート)

つまり花火と茜は、

同じスタート地点から出発し、「他者(鐘井)と出会った/出会わなかった」というポイントでルート分岐した「お互いのif(もしも)」のような存在

として見ることが可能なんですね。

まるで『NARUTO』のナルトとサスケというか、バトル漫画のライバル同士みてーな関係です。

 

逆だったかもしれねェ…

(『クズの本懐』5巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

やがて花火は、鐘井にきっちり振られることで「かけがえのある恋愛」沼から抜け出します。

いっぽう茜は、(幼いころの花火と同じように)鐘井との邂逅によって、無感覚の世界、そして「かけがえのある恋愛」沼から抜け出す。

まるで同じコインの裏表のようなルートを辿る二人。いわば、茜は本作の「裏主人公」です。

だから6巻で花火と鐘井の関係に決着がついてからは、こんどは茜の物語にかなりのページが割かれていくんですね。

そして、裏主人公・茜の迎える結末もまた、正主人公・花火のそれに負けず劣らず素敵なものでした。

 

最終話、裏主人公から正主人公への「ブーケトス」。泣いてしまいました

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

3、「当事者意識の薄さ」とは?茜の分身について考えてみる

ここまで茜の魅力をさまざまなポイントから語ってきましたが、もうひとつ。

彼女について考えるときに気になるのが「分身」の存在ですよね。

茜の分身が登場したのはコミックス8巻。

男との行為の最中、天井から他人事のように茜自身を見下ろしています。

 

※「分身」は薄手のスリップ姿なので、Googleからのペナルティを警戒して全身の画像掲載を自粛しています

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「いつもこんな感じなの」というモノローグからすると、茜は長い期間、分身の存在を感じ続けている模様。

これはおそらく、茜が「離人感」に苛まれているという表現だとおもわれます。

離人感とは何か?

比較的信憑性の高い医療辞典として有名な「MSDマニュアル」には、以下の記述があります。

 

離人感・現実感覚消失症は、自身の身体または精神プロセスから遊離(解離)しているという、持続的または反復的な感覚から成る解離症の一種であり、通常は自身の生活を外部から眺める傍観者であるような感覚(離人感)、あるいは自分の周囲から遊離しているような感覚(現実感消失)を伴う。

本疾患はしばしば重度のストレスにより引き起こされる。

『MSDマニュアル プロフェッショナル版』より引用)

 

「自身の周囲から遊離している感覚」

茜の分身は、この感覚を表現しているように見えますね。

さらに、

「自身の生活を外部から眺める傍観者であるような感覚」

という文章も、茜が何度か口にする「当事者意識の極端な薄さ」と一致します。

 

「ガラスによって外界から隔てられる感じ」も、離人感・現実感覚消失症に苦しむ方が経験する感覚のひとつだそうです

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

離人感・現実感覚の消失感は、一過性のものであれば、50%の人が生涯に一回は経験するとのこと。

じつは私自身も、この感覚に少々覚えがあります。

たとえば昔、病院で父親を看取った直後のこと。

心臓の鼓動が止まったばかりの遺体の傍らで嗚咽してるんだけど、そんな自分を「あーあ、悲劇に酔っちゃってるよこの人」と、部屋の隅から醒めた目でみている自分が同時にいる感覚がありました。

私の場合はその程度の違和感レベルで済んでいますが、症状が重いと本当に苦しく、日常生活に支障をきたす場合もあるそうです。

茜の場合は、自分の生活が「他人事」に感じられる現実感覚の希薄さに、慢性的に悩まされている模様。

ひらたく言えば、おそらく茜は、生きている実感がかなり薄いんですね。

なぜ彼女は、そうした(無)感覚に悩まされるようになったのか? これについては、本編には描写がありません。

ただ、公式ファンブックの茜のプロフィール欄には、こんな記載があります。

 

家族構成:父、母、茜と真逆のタイプの姉

(『クズの本懐 7.5 公式ファンブック』横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

「茜と真逆のタイプの姉」。

この記載から、両親の姉への偏愛と、茜に対するネグレクトの可能性を疑うこともできますが(ネグレクトによるストレスは離人感発症の引き金のひとつ)、まあこれは根拠のない勝手な仮説の押し付けです。

(実在の人物にたいしては絶対やっちゃダメ!)

肝心なのは、茜が自身の生の「他人事」感に苛まれていること。

そして、そんな彼女が(唯一?)生きる実感を得ることができるのが、恋愛パワーゲームにおける「搾取」の快楽であることです。

 

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

搾取の快楽は茜にとって、自分を癒すためのセルフセラピーみたいなものかもしれないですね。

たしかに、なんともはた迷惑なセラピーではあります。

でも、そうまでして「生の実感」を得ようとする茜のしぶとさに、やはり生の希薄さを感じながらも生温く毎日をやり過ごしている私などは「しっかり生きてるなあ」と感じ入ってしまいます。

(私は倫理的な正誤をこえた「生きねば。」に感動する人なのです。そもそも茜の横取り行為は、犯罪的な無理強いとは無縁の、男側の同意がないと成立し得ないものだから、彼女だけを責めるのは違いますよね。)

コミックス4巻では、生徒に授業しながら、頭の中ではこんなことを考えている茜の姿が描写されます。

 

日々は淡々と 誰の上にも平等にあるものだから。

毎日が退屈かどうかは すべて 自分次第

だから今日も 私は私を 楽しませてくれるモノに飢えている

『何か良い事ないかな』なんて言葉が嫌いなの 受け身じゃ ダメよ 

自分から変えていかなくちゃ

…なんて事を 本当は講義してあげたいとこなんだけど…

(『クズの本懐』4巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

けっこう良いこと言ってる?

……という具合に茜の分身、離人感について考えていくと、彼女が花火に執着する理由もよくわかります。

当事者意識の薄さ、生の希薄さに苛まれる茜。

いっぽうで、自分ではコントロールできない恋愛感情に振りまわされながら、心も身体もフルに使って生きている花火。

 

「平和に自分の世界が続いてほしいのに、恋愛で他人と深く関わって苦しい思いをするなんて」という同級生への花火のアンサー

(『クズの本懐』2巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

もともとは花火にたいして、恋愛パワーゲームの強者……搾取する側としての「同類の匂い」を嗅ぎとっていた茜。

 

「あなたは無自覚なだけで 搾取する側の人間だわ」

(『クズの本懐』3巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

なのに、花火は自分とは違って、あんなに全身で「生きて」いる。なんで!? という執着ですよね。

 

「あんな風に”思春期”だったこと ないなあ」

(『クズの本懐』7巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

これ、完全にバトル物の構図です。まじで『Fate/Zero』の言切みたいな関係の二人。

「もう茜と花火のライバル百合エンドでいいんじゃないか?」と思ったりして……。

 

4、最後に茜が変化した理由とは?わかりやすい「更生物語」に回収されない複雑な魅力

ここまで見てきたように、花火と茜は、ある意味ではとても近い場所にいて、でも対照的な部分も持ちあわせた「正主人公と裏主人公」の関係。

そんな両者は物語の結末でも、似たようで異なる「成長」の形をみせてくれます。

ストレートな成長をとげる花火と、やや変化球の成長? をみせる茜の対照ですね。

(社会や大人にとって都合の良い人間になることを「成長」という表現で美化してしまう危険性は意識しつつ、今回はこの言葉を使います。)

まずは、花火についてみてみましょう。

 

最終話、麦とすれ違いながらしっかり前をみる花火。立派です

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

花火は正主人公らしく、とてもまっとうな成長をとげます。

鐘井に振られる痛みを正面から受けとめ、早苗との関係を誠実に立て直し、麦ともたれあうことなく自分の足でひとり立つ姿。

そして、1巻で男子から告白されたときは

「興味のない人から向けられる好意ほど、気持ちの悪いものってないでしょう?」

と冷たく突き放していたのに、8巻では、告白してくれた勇気に対して

「ありがとう! ございます…」

と言えるようになっている(自分が鐘井に言ってもらったのと同じように)。

これも彼女の成長の証ですよね。

 

だから1巻のあの場面は8巻のこの場面とセットで機能するのであって(以下略

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

いっぽう茜も、鐘井と結ばれ、自分を閉じ込めていた無感覚の世界から解放されます。

彼女は鐘井との邂逅によって良い方向に変化した……成長をとげた、と言えそうです。

 

物語終盤、憑き物が落ちたような美しい表情をみせる茜

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

ただ、茜のストーリーで私が好きなのは、

「悪女が、善良な男に受け入れられることで救われ、改心した」

という(デーメルの『洗夜』みたいな)ストレートな更生の物語を描いては「いない」ところです。

茜が変化するきっかけをつくったのは、たしかに、鐘井の異様なほどの懐の広さ(?)でした。

一緒に行った温泉宿での会話。

茜が清楚な仮面をとって素顔を明かしてもなお、男漁りはやめなくていいし、もし茜が浮気しても自分はずっと好きなまま、と言いきる鐘井。

 

鐘井もかなりいびつな人ですよね。本作で一番難しいキャラクター

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

でも、茜は鐘井のそういう言葉や態度に感動してはいないですよね。

むしろ、

「狂うのよ、ペースが」「わかんない、なんで?」

といったモノローグからもわかるように、茜は鐘井という人間の在り方の不可解さに、激しく混乱しています。

茜の流した涙は、素の自分を受け入れてもらえた「感動の涙」ではなく、一体なんなんだコイツはという「混乱の涙」に近い、と私には思えます。

 

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

そしてその混乱こそが、彼女のそれまでの生き方を突き崩すきっかけになっている。

鐘井の中の「善性」みたいなものが茜に伝わって、それが彼女を(まるで金八先生が問題児を更生させるみたいに)更生させたわけじゃない

鐘井という、自分とはまったく異なる「他者」の不可解さ、わからなさにショックを受け、茜は変化した(「更生」ではなく)。

茜が鐘井に浄化されて更生し、善人になったわけじゃないことは『番外編』の彼女の姿を見てもわかりますよね。↓

 

鐘井との結婚後も浮気する気満々の茜。彼女の浮気は成功するのか!?

(『クズの本懐』9巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

くり返しになりますが、旅館での一連のシーンは、鐘井の存在に触れることで茜が変化する瞬間をとらえた重要なシーンです。

でも、鐘井と茜の「心が通じあった」結果として、茜が変わったわけではない。

描かれているのは、茜が「勝手に」鐘井の在り方から影響を受けて「勝手に」変化するという、いわば一方通行の影響関係です。

そして、決して聖人などではなく、一貫して自分の気持ちに素直なだけだった鐘井は、自分の在り方が茜に影響を及ぼしたことを、あまり理解していないみたいに見えます。

(短編集の紹介記事にも書きましたが、人から人へ気持ちやメッセージが伝わるのとは異なる、こうした「一方通行の影響関係」は、他の横槍メンゴ作品にも繰り返し登場するモチーフです。)

他人が、うまく理解できないままに心のなかに侵蝕してきて、それまでの自分の世界や生き方が揺さぶられた

という、まるで事故みたいな出来事が「でもそれは素敵なことだよね」とポジティブに描かれている。

 

鐘井の在り方は茜にとって「予期せぬ出来事」そのものでした

(『クズの本懐』7巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

鐘井との邂逅により、茜の分身は消滅します。

彼女がようやく無感覚の世界から解き放たれ、「当事者意識」を獲得した、ということなのでしょう。

 

自分を見下ろしていた「分身」が消えたことに気付く茜

(『クズの本懐』8巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

『クズの本懐』番外編コミックスのあとがきによると、横槍メンゴ先生は、本作の連載開始にあたって不安を感じていたそうです。

『クズの本懐』は思春期の物語。

大人は思春期を懐かしんだり、ときには馬鹿にする人もいるけれど、「渦中」にある当人にとってはものすごく辛いもの。

自分の存在価値が揺らぐ出来事だらけで、消えてしまいたいと思うようなことが何度も起こり、時にはそれを乗り越えることができない人もいる。

でも、そんな思春期をすでに乗り越えた自分……どんなに辛くても、結局は乗り越えてしまえるものであることを(良くも悪くも)知る大人になった自分に、この物語が描けるのだろうか? という不安があったのだそうです。

しかし、衝動的に描き上げた第1話のネームは、すでに乗り越えたはずの思春期真っ只中だったと。

 

おそらく、「渦中」はいつでも思春期なのです。

何歳になってもそのときは訪れ続けるのだと思います。

どんなに大人になってもどんな経験をしても、心が夢中なとき、

いつでもあの感覚に戻ってしまうのです。

(『クズの本懐』9巻 décor 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

ここで書かれている「渦中=思春期」は、茜のいう「当事者意識」と同じものだと、私は解釈しています。

とすれば、「当事者意識」を獲得した茜は、旅館での一夜を経て「渦中=思春期」のある世界に生まれ直したのかもしれません。

「あんな風に思春期だったことないなあ」と花火を羨んで? いた茜の思春期が『クズの本懐』の結末でようやくスタートする(してしまう)。

そして、「渦中」を知らないがゆえに人間関係で無双していられた彼女は、もういません。

思春期の最初の山をどうにか乗り越えた花火と、これから、辛いことも山ほどあるであろう思春期に放り込まれていく茜。

コインの裏表のように対照的で、似ていて、とても美しい結末だとおもいます。

 

でも、大人の私たちは知っています。

必ず、何度でも、乗り越えられます。

そして、乗り越えたときの力で、今度はなんだってできます。

(『クズの本懐』9巻 décor 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

 

5、まとめ

今回は、『クズの本懐』ファンの方々にむけて

 

  • 皆川 茜というキャラクターの魅力
  • 茜の存在が、ストーリー全体の魅力とどう繋がっているのか

 

を、ライター視点から力説してみました。

全体的に茜のことを

「悪女に見えるけど、ほんとうは寂しい女性なんだ」

みたいな「わかりやすいストーリー」の鋳型に押し込めすぎてしまったかな? というヒヤッとした気持ちもあったりはするのですが……。

(茜は天性の男好きで、安易な理解を拒む魔性の女、という側面もやはり持ちあわせた人だと思います。「わからない」から良いんです!)

それでもなお感じたのは、茜は自身を苛む「生きる実感の希薄さ」に、彼女なりのやり方で抵抗していたキャラクターだということ。

結果「クズ」になってはいるのだけど……。

本文中では茜をさんざんヒール呼ばわりしましたが、個人的には、彼女は物語の「敵役」ではあっても「悪役」とは呼びたくない感じがします。クズだけど。

そして茜に限らず、『クズの本懐』のメインキャラクターたちは、自分の欲望にまっすぐ向き合っている人ばかり。

彼女・彼等が歪んだ欲望を満たすために全力で行動する様は、生のエネルギーに満ちていました。

 

過ぎ去った高校時代を回想し、自分たちは「一つも間違えてなんかいない」と感じる麦

(『クズの本懐』9巻 横槍メンゴ/スクウェア・エニックス より引用)

 

もちろん『クズの本懐』は、そんなキャラクターたちが最終的には良い方向に歩きだす物語だし、そこが本作の素晴らしいところです。

(説得力のあるポジティブな結末を描くのは、バッドエンドを描くよりもはるかに難しいと思います。)

それは大前提として、でも、皆がまっすぐに歪んでいく姿も、とても「生きて」いたなあ……と、それが私が本作から勝手に受け取った輝きなのでした。

それでは、思い入れの強さゆえ長い記事になりましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!

 

柚木 央

 

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