こんにちは。北の大地の田園に閑居するマンガタリライターのchopsticksです。
私は緑川ゆきさんの『夏目友人帳』を中学時代から愛読しているのですが、常々疑問に思っていることがありました。
それは『夏目友人帳』に出てくる妖怪のモデルは何なのか?ということです。
『夏目友人帳』を愛する皆さんの中にも
- こんな妖怪本当にいるのかな?
- やっぱり昔から語り継がれている妖怪がモデルなのかな?
と妖怪の正体について疑問を抱いたことがある人は少なくないはずです。
そこで、今回は妖怪のエキスパート・水木しげる先生の
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ぜひ、ご覧ください。
目次
1、『夏目友人帳』のあらすじをざっくりおさらい
はじめに『夏目友人帳』のあらすじについておさらいしておきましょう。
夏目友人帳の主人公は「夏目貴志」です。
夏目貴志
(緑川ゆき『夏目友人帳』1巻/白泉社 より引用)
タイトルにもなっている「友人帳」とは、貴志の祖母「夏目レイコ」の遺品である「友人帳に名を綴じられている妖怪を統べることができる契約書」です。
逆に、名前を綴じられている妖怪からすると「友人帳」は、誰かに一生を縛られるかもしれない恐ろしい代物でもあります。
斑(ニャンコ先生)
(緑川ゆき『夏目友人帳』1巻/白泉社 より引用)
物語は、ある日ひょんなことがきっかけで大妖怪「斑」の封印を解いてしまった夏目貴志が友人帳に載っている妖怪たちに名前を返していくことを軸として進みます。
貴志を喰らって友人帳を奪おうとする者、夏目レイコの孫の噂を知って訪ねてきた者、悩み事を抱えてきた者…貴志は様々な思惑を持つ妖怪たちとの出会いを重ねていきます。
中にはカッパや人魚など、一度は聞いたことのある妖怪も出てきますよ。
また、不遇の少年時代を過ごした貴志は、妖怪との出会いを通して人から避けられ、人を避けて生きた祖母のレイコにシンパシーを感じ、レイコのことをもっと知りたいと思うようになります。
「人を避け、妖怪をからかうことで寂しさを紛らわせていたレイコは誰と知り合い、誰と子供を成したのか」
というミステリーを追いかけていくのも、『夏目友人帳』の物語の醍醐味と言えるでしょう。
妖怪だけではなく、貴志と同じように妖怪を見ることができる人や妖怪を使役する人との出会いもあり、人間と妖怪との間で揺れる貴志の姿も必見です。
今回の記事では、作中でもメインキャラクターと言える6人の妖怪にスポットライトを当てて、元となったモデルの妖怪を探っていきます。
2、『夏目友人帳』に出てくる6人の妖怪たちのモデルを徹底分析
『夏目友人帳』についてザッと振り返ったところで、いよいよ妖怪たちのモデルについて分析していきましょう。
今回取り上げる妖怪は
「ニャンコ先生(斑)」「ヒノエ」「三篠」「中級妖怪の2人」「柊」
の6人です。
何かと登場回数の多い彼らは一体どんな妖怪がモデルになっているのでしょうか?
2−1 主人公夏目貴志の用心棒ニャンコ先生のモデルは人を襲った大きな猫!?
まずは、主人公の夏目貴志の用心棒「ニャンコ先生(斑)」のモデルについて分析していきましょう。
ニャンコ先生との愛称で親しまれる斑は大きな白い体を持つ狐のような姿の大妖怪です。
斑(ニャンコ先生)
(緑川ゆき『夏目友人帳』1巻/白泉社 より引用)
しかし、長年招き猫に封印されていたためか、普段は招き猫のようなまんまるで顔が大きな猫の姿をしています。
そして、時には人間に化けることもあります。
女子高生ニャンコ先生(斑)
(緑川ゆき『夏目友人帳』2巻/白泉社 より引用)
「本来の姿が狐に見えること」「人に化けることができる」ことから、狐の妖怪がモデルなんじゃないか?という予想が立ちますが、
その最適解は「大猫」という妖怪であると考えられます。
理由は大きく2つあります。
大猫
(湯本豪一『図説 江戸東京怪異百物語』/河出書房新社 より引用)
1つ目は、
ニャンコ先生の名前が「斑」であること
です。
「大猫」の言い伝えは各地に存在するのですが、中でも面白いのが「江戸麻布の大猫」のお話です。
昔今の麻布あたりにあった笄町(こうがいちょう)で盲目の鍼医が疾走するという事件が起こります。
たくさんの人が鍼医を探したのですが、手掛かりすらも見つかりませんでした。
ところが、数日経ったある日畑の肥壺で気絶している鍼医が発見されます。
意識を取り戻した鍼医の話を聞いた人々は「妖狐の仕業に違いない」と妖狐退治を行うことにします。
妖狐退治のプロが集められ、毎晩のように狐狩りが行われた結果、ついに鍼医を襲ったと思われる狐を捕らえました。
ところが、よくよく見てみればそれは狐ではなく、高さ約40cm、体長約100cmの斑模様の猫だったのです。
「大猫」自体はニャンコ先生の本来の姿よりずっと小さいのですが、
「妖狐に間違われた斑模様の猫」というのは「本来の姿が真っ白な妖狐のようなのに、斑という名前のニャンコ先生 」とすごく近いんです!
これは偶然にしては出来すぎている話ではないでしょうか?
そして、2つ目は
ニャンコ先生の得意技
です。
ニャンコ先生は敵を倒す時に光を放ちます。
光を発して攻撃するニャンコ先生(斑)
(緑川ゆき『夏目友人帳』1巻/白泉社 より引用)
実は、猫の妖怪は光を放つと、言われています。
これは狐にはない能力です。
光を放つことを得意技としているニャンコ先生は、やはり「猫」の妖怪である筋が有力です。
さらに、狐はネコ目犬科に属する動物ですから、狐は猫の仲間であると捉えることもできます。
また、狐の妖怪に限らず、猫の妖怪の中にも人に化けるものがいますし、白い猫ほど妖力が強いと言われています。
もちろん、「妖狐」は人に化けることができる上に、白いものもいるので、ニャンコ先生のモデルにふさわしい妖怪と言えます。
『夏目友人帳』2巻では、作者もニャンコ先生の本来の姿について
- 「白くて長いふわふわな獣」
- 「襟巻のイタチやキツネのようなスルッとしたイメージ」
と言っているので、ニャンコ先生に狐の要素が含まれていることは間違いないでしょう。
以上のことから、ニャンコ先生は「大猫」を軸として、狐のエッセンスを盛り込んでつくられた妖怪であると考えられます。
2ー2 呪詛使いヒノエのモデルは男を食いつぶして早死にさせる妖怪!?
続いて何かあればいつも夏目貴志を助けてくれる姉御肌の妖怪「ヒノエ」のモデルを分析します。
ヒノエ
(緑川ゆき『夏目友人帳』2巻/白泉社 より引用)
ほとんど人間の姿と変わらず、いつも美しい着物を身にまとっているヒノエは大の夏目レイコ好き。
本当は大の男嫌いですが、夏目貴志だけはレイコそっくりということでお気に入りのようです。
そんなヒノエのモデルとなった妖怪は「飛縁魔(ひのえんま)」であると考えられます。
飛縁魔
(水木しげる『日本妖怪大全』/講談社 より引用)
「飛縁魔」は外見は菩薩のように美しい女性であるものの、心は夜叉のように恐ろしいという妖怪で、
彼女の美貌の虜になってしまった男はどんどん不幸になっていって、ついには命をも失ってしまう
という恐ろしい言い伝えがあります。
さらに「飛縁魔」は、
「丙午(ひのえうま)生まれの女」は男を食いつぶして早死にさせるという言い伝えから生み出された妖怪であるとも考えられているようで、
「丙午(ひのえうま)」と「ヒノエ」が見事に重なります。
水木しげる先生は「飛縁魔」について、
「昔(江戸時代)は、なにかというと女性をいじめる時代だったから、悪いことはなんでも女性のせいにしたのだろう。」
と、男の不幸を女性のせいにしてしまう時代があったことで生まれた妖怪であることをコメントとして残しています。
「ヒノエ」も遠い昔に男たちからいわれのない迫害を受けて、大の男嫌いになってしまったのかもしれませんね。
2ー3 馬の大妖怪三篠のモデルは馬の頭を持つ地獄の獄卒!?
三篠
(緑川ゆき『夏目友人帳』1巻/白泉社 より引用)
ニャンコ先生の本来の姿に負けず劣らず大きな妖怪である「三篠」は、どんな妖怪をモデルとして描かれたのでしょうか?
それはおそらく地獄の獄卒として知られる「馬頭(めず)」であると考えられます。
赤い方が馬頭
(神戸市立博物館:特別展 美しきアジアの玉手箱 シアトル美術館所蔵 日本・東洋美術名品展 より引用)
「馬頭」は地獄に落ちた亡者たちを責め立て続ける、馬の頭と人の身体を持つ恐ろしい妖怪です。
三篠の身体は
- 右手は馬
- 左手は人間
と、馬と人の要素が混ざっています。
水木しげる先生の『日本妖怪大全』によれば、馬がモデルの妖怪は「さがり」や「馬の足」がいます。
さがり
(水木しげる『日本妖怪大全』/講談社 より引用)
馬の足
(水木しげる『日本妖怪大全』/講談社 より引用)
「さがり」は馬の頭だけの姿で木の枝にぶら下がっている妖怪で、「馬の足」は文字通り足だけの妖怪です。
また、他にも「馬鬼」や「野馬」などなど、馬の妖怪は数多く存在してはいるものの、
人の馬の頭と人の身体を持っているのは「馬頭」しかいません。
さらに、『夏目友人帳』14巻では、三篠について「沼底に沈んだもののイメージ」と語られています。
馬は農耕や戦などで人の生活を支えた生き物というイメージが強い動物ですが、古来より雨乞いの際に生贄として池に沈められてきた動物でもありました。
そのため、生贄とされた馬が人を恨み、妖怪として化けて出るという話が各地に残っています。
その最たる例としてよく挙げられるのは、やはり地獄の獄卒である「馬頭」です。
これらのことから、やはり三篠は「馬頭」をモデルにしてつくられたキャラクターなのだと考えられます。
2ー4 中級妖怪2人のモデルは一つ目の妖怪と牛の頭を持つ獄卒!?
「夏目組・犬の会」の盛り上げ役ともいえる「一つ目の妖怪」と「牛の頭を持つ妖怪」についても検証していきます。
2人は八ツ原で暮らす中級妖怪です。
中級妖怪の2人
(緑川ゆき『夏目友人帳』1巻/白泉社 より引用)
彼らの本名は明かされていないため、便宜上それぞれ「一つ目の妖怪=つるつる」と「牛の頭を持つ妖怪=牛」と呼ばれています。
『夏目友人帳』における癒し妖怪ともいえる愉快な彼らのモデルとなったのは「一つ目入道」と「牛頭(ごず)」であると考えられます。
「つるつる」は見た目そのままですね(笑)
モデルとなったであろう「一つ目入道」は、目が1つしかない僧侶の姿をした妖怪です。
一つ目入道
(水木しげる『日本妖怪大全』/講談社 より引用)
水木しげる先生によれば、昔は神にささげる生贄が片目を潰されていたということに関係しているのではないかとのことです。
生贄とされた人が死んでも死にきれずに妖怪になったということを想像すると、あんなに明るいつるつるにも辛い過去があったのかとちょっぴり切ない気持ちになりますね。
牛のモデルとなったと考えられる「牛頭」は三篠のモデルとして予想した「馬頭」の相方のような存在です。
白い方が牛頭
(神戸市立博物館:特別展 美しきアジアの玉手箱 シアトル美術館所蔵 日本・東洋美術名品展 より引用)
「馬頭」と同じく、地獄で亡者を責め立てる恐ろしい獄卒の1人です。
こちらも見たまんまですね(笑)
牛も馬と同様に人間の都合で生贄に捧げられることの多かった動物であったため、妖怪として化けて出たという話が多く残っています。
水木しげる先生の『日本妖怪大全』にも「石見の牛鬼」「鳥取の牛鬼」「くだん」と数多くの牛の妖怪の名が挙げられていますが、どれも中級妖怪の姿とはかけ離れたものです。
上の『地獄草紙』の絵を見てみると「牛頭」の方は牛と違って人の2倍近くの背丈があり、中級妖怪の牛と違ってかなり怖い顔をしています。
おそらく「牛頭」を極限まで弱そうに優しそうにした結果、「牛」という愛嬌のある妖怪が生み出されたのではないかと思います。
2ー5 祓い屋名取の式になった柊のモデルは山に住む鬼婆!?
蔵につながれて無理矢理、蔵護りをさせられていた「柊」。
柊
(緑川ゆき『夏目友人帳』2巻/白泉社 より引用)
すったもんだあって祓い屋である名取の式になることができた彼女のモデルとなったのは一体どのような妖怪なのでしょうか?
柊の主となった名取周一
(緑川ゆき『夏目友人帳』2巻/白泉社 より引用)
柊はいつも一つ目の鬼の面のようなものを付けている女妖です。
そのため、女の妖怪の中でも鬼に関連するものがモデルとなったと考えられます。
また、柊は蔵に繋がれてしまうまでは「山守り」をしていたそうです。
このことから、山の中に住む妖怪であることが推察されます。
「女」「鬼」「山」というキーワードから浮かび上がってくる妖怪といえば、「山姥」です。
山姥
(水木しげる『日本妖怪大全』/講談社 より引用)
「山姥」は「鬼女」とも呼ばれる山に住み人を食らうと考えられている妖怪です。
しかし、柊は仮面の下は結構な美人で、とても老婆には見えないので「山姥」のイメージとかけ離れていると感じる人は少なくないでしょう。
実は、「山姥」には「山姫」などという異称もあり、若い美しい女性であることもあるのだそうです。
そして、「山姥」は元々山の神に仕える巫女だったという説もあります。
これらは柊のイメージにピッタリですよね。
以上のことから柊のモデルとなった妖怪は「山姥」であると結論付けられます。
3、まとめ
今回は『夏目友人帳』に出てくる
- ニャンコ先生(斑)
- ヒノエ
- 三篠
- 中級妖怪の2人
- 柊
のモデルとなった妖怪について分析させて頂きました!
もし、「本当はこっちの妖怪の方が合ってるんじゃないの?」ということがあれば、是非コメントください!
今回は主要な妖怪の分析をしてみましたが、『夏目友人帳』には他にもたくさんの妖怪が登場しています。
また妖怪に関する書籍もたくさん出ていますので、妖怪の本を片手にあれやこれやと考えてみると『夏目友人帳』をより一層楽しめると思いますよ!
chopsticks
夏目友人帳はマンガBANGで読むことができます!
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素晴らしい考察、感服しました。
今年の3月から夏目友人帳にはまってしまった年寄りで、まさにこちらに書かれてあたとおりの疑問を抱いておりました。
読ませていただき、大変良いお話を伺えて嬉しく思っております。
ありがとうございました。