【『あさきゆめみし』キャラ解説】6回:恋の抜け殻だけを残しながらも生身感のある女性・空蝉

みなさんこんにちは!ほんのり歴女なマンガフルライターayameです。

今回も始まりました、名作『あさきゆめみし』キャラ解説。

第6回は、若かりし源氏に大きな衝撃を与えた人妻、空蝉について解説します

前回の5.5回はこちら↓

【『あさきゆめみし』キャラ解説】5.5回(番外編):名シーン「雨夜の品定め」は現代でも通じる?平安男子の理想の女子像とは

2022年3月16日

このコラムの初回0回はこちらです↓

【『あさきゆめみし』キャラ解説】0回:コラム連載にあたっての前説~本作の魅力とキャラ解説に至った理由

2022年2月9日

 

こちらは『あさきゆめみし』の完全版。美しい!

 

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1、『源氏物語』における空蝉

雨夜の品定めの翌日、妻の家である左大臣邸に赴いた源氏でしたが、運悪く左大臣邸が避けるべき方角(方塞がり)であることに気づきます。

(※物忌み・方違え……凶事を避けるために謹慎するのが物忌み、方角神のいる方角を忌み避けるのが方違えです。避けるべき方角を方塞がりといいます。その方角を避けるために仮の宿に泊まったり、他人の家で数日間物忌みすることも珍しくありません。平安貴族、面倒~!自分より身分の高い人とかが急に方違えに来たりしたら断れないし、超面倒~!)

そこで提案されたのが、左大臣に使える紀伊の守の屋敷への方違え。

うだるような暑さのなか源氏一行が紀伊の守の屋敷につくと、屋敷には紀伊の守の継母一行も方違えをしていました。

この紀伊守の継母というのは、もとは中納言と衞門督を兼ねていた上流貴族の娘。

しかし、相次いで両親を亡くし、伊予の介(紀伊の守の父)の後妻となったまだ年若い女性なのです。

父親が健在のときには桐壺帝への入内も期待された女性でしたが、この時代、後見のない女性の立場はとても頼りなく、生きていくために受領の妻となったというわけですね。

源氏一行と彼女たちは当然直接顔を合わせることはありませんが、襖一枚を隔てたすぐ近くに床を並べている状態です。

前日に「中流の女こそおもしろい」なんていう話を聞いていた源氏は、襖の向こうが気になって仕方ありません。

そっと聞き耳をたてていると、(女房の)中将を呼ぶ女性の声がします。

そこで源氏は襖を突破。「中将をお呼びのようですので」(このときの源氏の官職が中将だった)と言いながら女性を抱き上げます。

気づいたおつきの女房が慌てると、源氏は悠々と「朝になったら迎えにまいれ」といって、さっさと自分の寝所の引っ込んでしまうのでした。

そんなわけで無理矢理男女の仲になった二人ですが、女性は情けなさと恥ずかしさに泣くばかり。

「受領の妻とあなどってこのような仕打ちはひどい」と恨み言を繰り返し源氏に対し強い拒絶を見せる女に、源氏は戸惑いながらも衝撃を受けます。

しなやかななよ竹のようでいて、簡単には手折れないーーそんな女にこそ、かえって源氏の情熱は燃えさかるのです。

その後、源氏は女の弟・小君を使って何度も手紙を送るけれど、なしのつぶて。

こらえきれず小君の手引きで再び女をひっそり訪ねますが、源氏の訪いに気づいた女は薄衣だけを残して寝所から逃走。

ショックを受けた源氏は残された彼女の薄衣を持ち帰り、その薄衣を空蝉=蝉の抜け殻(恋の抜け殻)に例えた和歌を詠むのです。

 

2、『あさきゆめみし』における空蝉~恋と情との間に揺れた女の決意~

『あさきゆめみし』では思いがけない偶然から源氏が過去の辛い恋を思い出す、という形で空蝉のエピソードが描かれます。

なので、『源氏物語』ではかなり序盤に登場するのですが、『あさきゆめみし』だと中年になった源氏が若かりし日の思い出扱いです。

とても美しい扉絵です~!ぜひカラー版をご覧になってください!(文庫版にはカラー絵入ってます!)

(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)

とはいえ、『源氏物語』ではさらっと語られて終わってしまった空蝉のバックボーンですが、『あさきゆめみし』ではオリジナル要素を織り交ぜながらしっかり作り込まれていて、これがまたドラマティックで読み応えがある!

過去には入内を望まれたような貴族の娘が、なぜ父と娘ほど年の離れた受領の妻になったのか……。

『源氏物語』では完全スルーだった伊予の介とのなれ初めも描かれていて、たとえ愛情のない結婚であったとしてもそうせざるを得なかった、諦めた人生を送るしかなかった空蝉の諦観が切なく描写されています。

ある日、男主人のいない空蝉の屋敷は盗賊の襲撃を受けます。その窮地を救ってくれたのが伊予の介だったのです。

(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)

そんな空蝉に訪れた、光源氏との夢のような一夜の逢瀬。

空蝉はもともとたしなみのある女性ですから、人妻である自分と話題の公達との醜聞が誰かの口に上り恥をかくことを恐れます。

同時に、源氏との逢瀬を繰り返してしまったら、何の取り柄もないつまらない女であることを知られてしまう、という思いに囚われるのです。

この時点で、空蝉も源氏にすっかり恋をしているのがわかります。

実際、空蝉は飛び抜けて美しいわけでもないし、今や受領の妻という身分です。

源氏がちょっと物珍しさに燃えているだけだということを、賢い空蝉はちゃんとわかっているんですね。

「何も知らない若い娘であれば、ただこの恋を一途に楽しめたのに」

そう思いつつ、気になるのは夫の伊予の介のこと。

戯れに自分に手を出す年若く情熱的で力強い源氏と、愛情こそ向けることはできないけれど自分を心の底から大切にしてくれる夫。

初恋の切なさと夫婦の情の間に揺れつつ、空蝉は身を引き裂かれるような思いで源氏を拒絶するのです。

(源氏の受けたショックの大きさたるや……なんやかんや、中年になってもこのショックを引きずることになります)

3、伊予の介との関係性を深く描くことで空蝉に生まれた生身感

『源氏物語』における空蝉の登場シーンはけして多いものではありません。

ゆえに、その人柄もあまり多くは語られていない印象です。

空蝉=蝉の抜け殻なんていう愛称からも、なんとなく空虚というか、数多いる源氏の恋人・愛人・妻のなかでもなんとなく印象の薄い存在と言いましょうか……。(他の女性が強烈すぎるんですけどね)

薄衣だけを残して姿を消すというショッキングな行動、源氏を意地でも突っぱねる心の強さ……で、ありながら、人柄がどうにもわかりにくいキャラクターです。

けれど、『あさきゆめみし』では夫である伊予の介のエピソードを挟むことによって、そんな空蝉のキャラクターをくっきりさせることに成功。

そうしてあらためて空蝉という女性に向き合ってみると、とてもリアルで現実味があって、「空蝉」なんていう愛称とはかけ離れた生身感のある女性であることに驚かされます。

伊予の介は身分もさして高くなく、歳も重ねたむくつけき男です。

ご機嫌伺いに足繁く空蝉の屋敷に通っていた頃はまだ取り繕っていましたが、いざ結婚してしまうと見栄もなくし、だらしのない姿を空蝉に見せてしまいます。

そんな伊予介を横目に、「ときめきや恋などなく、自分の一生はこうして過ぎていくのだ」と諦める空蝉……。

現代人が想像するような平安貴族の生活とはかけ離れた、生々しい結婚生活がそこには描かれています。

そんな彼女の目の前に突如表れたのが光り輝く源氏の君。

空蝉は、現実とのギャップに苦しんだでしょう。

夢か幻かと疑うほど美しい源氏は、たくさんの甘い言葉をくれて力強い腕で熱く抱きしめてくれます。

でも、現実の自分は盛りの過ぎた年寄りの人妻で、身分も低く、さして美しくもないし他に取り柄もない。(こういう卑下の仕方もやたらリアリティある)

さらに突きつけられたのは、夫の老い。

伊予の介は普段、空蝉を都において一人任地で暮らしています。毎日顔を合わせないからこそ、夫の老いがわかるし、ショックも大きいのでしょう。

(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)

そんな夫に絶望し見切りをつけるのではなく、空蝉は伊予の介を哀れに思い、それゆえに源氏を断固拒否することを決めるのです。

この選択、やけにリアリティがありませんか?

ライターは個人的に、恋愛小説や少女漫画は一種のファンタジーであると考えています。

そして、ファンタジーであれば自分の幸せを優先し、年老いた夫と別れて源氏との恋に溺れてしまう展開も珍しくないでしょう。

なぜならファンタジーは、夢や幻想を叶えるものでもあるからです。

でも、空蝉は夢=源氏をきっぱり諦め、現実を受け入れ、夫である伊予の介を選びます。

空蝉は、「もしかしたら夫は自分の不貞に気づいていて、あえて何も言わないのかもしれない」とも感じています。

愛や恋にうかれたお姫様が多いなか、現実を生きる生身感が強く描かれていますね……

(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)

空蝉のもともとの気質もありますが、たとえ愛はなくとも、伊予の介と空蝉の間には夫婦としての情が築かれていたということですね。

空蝉が源氏を断ち切って伊予の介との生活を選ぶという結末自体は『源氏物語』も『あさきゆめみし』も同じですが、その過程に生身感と切なさ、苦しさ、空蝉というキャラクター性をしっかり見出せるのが『あさきゆめみし』の魅力。

そして、それを実現させたのが伊予の介というキャラクターであることを考えると、彼を深掘りした大和和紀先生の漫画家としての手腕にとにかく驚くばかりです。

 

4、源氏の身勝手さを浮き彫りにする空蝉の潔さ

実際、空蝉の選択は正解でした。

別れは辛かったでしょうが、あそこで空蝉があっさり源氏になびいてしまったら、当時の源氏はすぐに彼女に飽きてしまっていたでしょう。

源氏が空蝉に惹かれたのは、中流という物珍しさと、自分を強く拒絶する姿に藤壺の宮を重ねたからです。

結果、空蝉は極上の幸せを手にすることもありませんでしたが、不幸のどん底に突き落とされることもなく平穏に日々を過ごすことができました。

数年後には夫を亡くして出家し源氏の世話になるのですが、そのような関係性に落ち着けたのも若かりし日の別れがあったからこそだと思います。

 

空蝉は迷いながらも源氏を思い切った、潔い女性です。

源氏を強く拒絶した女性としては正妻の葵の上がすぐに思い浮かびますが、個人的には空蝉の方が気持ちの良い性質だと思います。

だからこそ、浮き彫りになる源氏の身勝手さ……。

たまたま方違えに来ただけなのに、「ずっとあなたを思っていました」なんていうその場しのぎの言葉で空蝉を翻弄しようとするし。

空蝉の弟の小君に「実は姉君とは伊予の介と結婚する前からの仲だったんだよ」なんて嘘八百まで言うし。

さらには……。

と、長くなりましたので、空蝉回における源氏の最大の身勝手エピソードは、次回の「軒端の荻」の解説でお話しようと思います。

 

(ayame)

 

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ABOUTこの記事をかいた人

元研究職、現在は飼い猫を溺愛する主婦兼フリーライター。小さいころから漫画が好きで、実験の合間にも漫画を読むほど。 ジャンルを問わずなんでも読むけど、時代もの・歴史ものがとくに大好物。 篠原千絵先生大好きです!好きなタイプは『はじめの一歩』のヴォルグさんと『はいからさんが通る』の編集長。