こんにちは! ほんのり歴女のマンガフルライターayameです!
あくまでもほんのりで、専門的に勉強したことはありません。
私にとっての主な教材は、そう、漫画!!
漫画っていいですよねぇ…授業や教科書で学んでも身につかないことが、どうして漫画からだとスンナリ知識として蓄積されるのでしょう?
そんな疑問はさておき、今回お話しするのは歴女漫画ライターが近年もっとも愛する歴史漫画、その名も『大奥』!
よしながふみ先生の名大作であり、三度も実写化しているので「読んだことないけどタイトルは知ってる」「本屋でよく見かける」という人も多いでしょう。
2021年2月に最終巻が発売されたばかりなので、まだまだ余韻に浸っている大奥ファンも多いはず。
そこで今回は、『大奥』ロスにむせび泣く私と、あらためて『大奥』の魅力を共有しませんか?!という記事です!
- 『大奥』が終わっちゃってさみしい!
- 『大奥』の余韻に浸りながらあらためてその面白さを確認したい!
- 連載終了した今だからこそ『大奥』の布教に勤しみたい!
という人、ぜひぜひ最後までお楽しみください。
もちろん、『大奥』未読勢の方も大歓迎!
ネタバレ控えめにいくので、「『大奥』が気になってるけど、本当に面白いのかな?」という人もぜひこの記事を参考にしてくださいね。
目次
1、『大奥』ってどんな漫画?
作者 | よしながふみ |
---|---|
掲載誌 | MELODY |
出版社 | 白泉社 |
発表年 | 2004年~2021年 |
巻数 | 全19巻(完結) |
舞台は日本の江戸時代をモデルとした架空の世界。
男子ばかりが罹患する謎の疫病「赤面疱瘡」が蔓延した結果、男子の数が激減し、家庭はもちろん社会運営における権力・実務のすべてが男女入れ替わった設定の歴史SFです。
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
徳川家代々の将軍はもちろん、幕府や朝廷の要職に就いていた、いわゆる「教科書の人」などもそのほとんどが女性として生きている世界で、物語は江戸城の大奥を中心に展開していきます。
大奥とは将軍の子女や正室、奥女中などが住まうところで、わかりやすくいうとハレム(後宮)ですね。
そのハレムに住まうのは当然ながら男性。
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
「子供を作るための種馬」として集められた俗に「美男三千人」と称される男たちや、そんな男達を愛した女性、それらを取り巻く社会、政治の移り変わりを愛憎たっぷりに描いた作品ーーそれが『大奥』です。
物語は8代将軍として就任した吉宗が男名のまま家督を継ぐことに疑問を抱き、大奥の歴史を記した『没実録』を読むところから始まります。
以降、3代家光から15代慶喜まで物語は展開し、大奥創立から終焉までをドラマティックかつヒストリカルに描き、2021年2月にめでたくフィナーレを迎えました。
『大奥』は各方面から高い評価を得ていて、以下のように受賞歴も華々しい!
- 第5回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞(2005年、単行本第1巻が対象)
- 第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞(2006年)
- 第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞(2009年)
- 2009年度ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞(2010年)
- 第56回(平成22年度)小学館漫画賞少女向け部門
とくに着目したいのは「センス・オブ・ジェンダー賞」で、これはアメリカのジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞の日本版であり、ジェンダーの理解を深めるために創られた賞です。
歴史・時代ものでありながら、現代社会がもっとも注視するジェンダーの視点からも評価されるという、驚くべき二面性を持った作品というわけですね。
また、『大奥』は二度の映画化に加えドラマ化もしていて、人気俳優・タレントを起用したことで、大きな話題になりました!
(実写版を鑑賞するのであれば、「大奥」(映画)→「大奥~誕生~」(ドラマ)→「大奥~永遠~」(映画)の順番をおすすめします!)
(脱線しますが、堺雅人さんは大河ドラマで徳川家定を演じ、菅野美穂さんはフジテレビ系ドラマ「大奥」で篤姫を演じてらっしゃいましたね……個人的にはグッとぐるキャスティングです……!)
このように、漫画の世界を飛び出していろんな方面に展開し、高評価を得ている作品、それが『大奥』なのです!
2、『大奥』の魅力とは?歴史という大きな流れのなかに緻密に組み込まれた男女逆転という仕掛けと愛憎劇
ここからは『大奥』の具体的な魅力とはなんぞや?というところを考えていきたいと思います。
とはいえ、あまりにも面白すぎて「ここだ!」とポイントを断定するのが難しいのが正直なところ……。
でもやってやろうじゃないの、漫画ライターだもの……!というわけで、ライターが個人的に「ここだ!」と思えるポイントを3つ解説していきます。
2-1 男女逆転という大きな仕掛けを持ちつつも矛盾のないストーリー
まず、『大奥』という物語の大枠ともいえる仕掛け、男女逆転について。
江戸時代は現代よりもずっと家父長制が色濃く、女性の権利や地位に対する認識……というよりも、概念そのものがほぼゼロに近かったであろう時代。
ある意味、男女の役割や生き方というものがバッサリ区別されていて、物語の仕掛けとしてただ単純に男女逆転させるだけであればむしろ簡単だと言えるでしょう。
問題は、ストーリーとしてそれが成り立つか、どれだけリアルに描けるか、という点です。
男女の差が明確だからこそ、いざ逆転したら大きな矛盾が起こるのではないか? そう思いますよね。
ただのSFであれば違和感や現実との矛盾点もエンタメ要素の一つですが、歴史・時代ものというとそういうわけにはいきません。
でもね、安心してください。矛盾、ないです!
『大奥』における歴史上のさまざまな事件や政変など、もはやすべてが男女逆転のための予定調和だったと思えるほど!
たとえば、江戸時代の日本といえば鎖国。
史実での鎖国の理由はキリシタン排除や対外政策(貿易管理)のためですが、『大奥』では赤面疱瘡による男子数激減を諸外国に隠すために行われました。
鎖国を提案したのは家光の乳母である春日局です
(『大奥』2巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
この鎖国をもってして、『大奥』における男女逆転はその基礎をなしていきます。
また、吉宗がオランダ商館長と謁見するシーン。
オランダは鎖国中、唯一交易を認められた国で、それは『大奥』でも変わりません。
とはいえ、日本が男女逆転している事実はオランダにも極秘なのですが……。
商館長との謁見は大奥で行われます。なので、商館長が今いるところがまさにハレムなのですよー。
少年のような声が、実は女性の声だったというわけです。
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
実際にオランダ商館長が残した記録を引用し、見事に史実と『大奥』の男女逆転をすり合わせてしまうのです!
さらには、実際に起こった事件が男女逆転を盤石化するための装置になることも。
それが5代綱吉の時代に起こった赤穂事件。
赤穂事件(あこうじけん)は、18世紀初頭(江戸時代)の元禄年間に、江戸城・松之大廊下で、高家の吉良上野介(きらこうずけのすけ)義央に斬りつけたとして、播磨赤穂藩藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)長矩が切腹に処せられた事件。さらにその後、亡き主君の浅野長矩に代わり、家臣の大石内蔵助良雄以下47人が本所の吉良邸に討ち入り、吉良義央らを討った事件を指すものである(「江戸城での刃傷」と「吉良邸討ち入り」を分けて扱い、後者を『元禄赤穂事件」としている場合もある)。
『大奥』のなかでは、数少ない男性大名であった浅野内匠頭が老女である吉良上野介に斬りつけた事件となっています。
殿中でござる!
(『大奥』5巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
その後、吉良上野介を討ち取った赤穂浪士の男ぶりの良さに江戸市中は熱狂。
浅野内匠頭に対する処罰の厳しさや生類憐れみの令などで町民の評判を大きく落とした綱吉は、赤穂浪士に対する処罰を打ち首から切腹に変更します(切腹=武士としての体面を保ったまま死ねるということ)。
そのかわり、武家における男子の跡目相続を一切禁じてしまうのです。
この令は次代の6代家宣によって廃されますが、武家の男子排除はすでに慣習化してしまいました
(『大奥』5巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
と、まぁこういった具合で。
今回挙げたのはほんの一例ですが、史実を見事にアレンジし、そして時には装置として活かしながら、見事に男女逆転が成立しているのです。
まさか江戸時代と男女逆転にこんなに親和性があるとは!
まるでパズルのピースのようにピタっとハマってスムーズに展開する、そんな「心地よさ」こそ『大奥』の魅力といえるでしょう。
2-2 大きく動く歴史の中で繊細に描かれるキャラクターの心情の切なさ・美しさ
『大奥』は3代家光から15代慶喜の時代まで描かれており、各時代の大奥の男衆や幕閣たち、その周辺人物など、登場キャラクターがとても多い作品です。
大きくうねりを上げながらじわじわと終焉へと向かっていく江戸時代ーーその時代を必死に生き抜いたキャラクターたちの活き活きとした生き様や、切なく苦しく、そして美しく描かれた心情も大きな魅力!
とくに物語序盤はまだ男女逆転が強く根付いているわけではなく、変わりゆく時代の流れに翻弄されるキャラクターの悲しみと苦しみに焦点が当てられています。
具体的に例を挙げると、三代家光(千恵)とその側室のお万(有功)。
千恵は本来の三代家光が町民の女に極秘で生ませた娘(生ませたというか、単に襲っただけですが……)。
家光が赤面疱瘡で亡くなったため、家光の乳母である春日局によって江戸城に拉致され、家光の身代わりとなりました。
このとき、千恵は母親と乳母を殺されています
(『大奥』2巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
そして有功は、女性である千恵が徳川の血を後の世に残すために選ばれた側室。
側室といえばまだ聞こえはいいですが、要は種馬ですね。
こうまではっきり「種」と言われてしまうわけです……
(『大奥』2巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
ここまで読んでわかるとおり、千恵と有功は徳川の世のため、そして『大奥』という作品において男女逆転を確立するための最初の人柱なのです。
ふたりとも、望んで大奥にいるのではありません。
千恵は望んで異性装をしているわけではなく、もともと僧侶だった有功も望んで女犯を罪を犯すわけではありません。
本来の自分を殺され、しかしそれを受け入れねば命はないのです。
そんな二人の悲しみと、同時に湧き上がる愛しさが、このコマにはぎゅっと詰め込まれています。
(『大奥』2巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
とても綺麗なコマなだけに、悲しさが余計に際立ちますよね……。
また、『大奥』ではメインどころのキャラクターだけではなく、チラっとしか登場しないキャラクターにも心をグッと掴まれることが少なくありません。
スポットライトの当て方が秀逸とでもいうのでしょうか……。
たとえば、まだ三代家光が女性であることが一部の幕閣以外には伏せられていた頃。
有力大名家の男子も続々と赤面疱瘡に倒れ、伊豆守の松平信綱は苦肉の策として娘のしずを亡き息子・輝綱のかわりとします。
しずは体格もよく、裁縫や生け花よりも乗馬・剣術のほうが得意で、「この生活のほうが肌にあっている」と笑いますが……。
大きく剃られた月代に手を当て、ため息を吐くしず
(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
どれだけ強がって見せても、家政よりも武芸が得意だとしても、それまで女性として生きていた人間が男性としての生き方を強制されて、平気でいられるわけがありません。
ここであらためて、読者は「男女逆転」の業の深さを思い知るのです。
物語はこのあともどんどん展開し、思わぬストーリーを繰り広げます。
その要所要所にて、読者の心をその繊細な心理描写で抉りまくっていくよしながふみ先生……さすがです……!
漫画で大きく感情を揺さぶられたい人、大泣きしたい人にこそ、『大奥』は全力でおすすめできる漫画ですよ!
2-3 男女逆転だからこそより鮮やかに浮かび上がる女性の強さと男性の弱さ
男だからこそ強く、女ならおしとやかに……なんていうつもりは毛頭ありませんが、近年なにかと注目されがちなのが「女らしさ・男らしさ」。
らしさってなに? とか言い出すと長くなるので今回はスルーしますが、男女が逆転した『大奥』の世界では、より男女の性差が浮き彫りになっているように感じられます。
具体的には、女性の強さと男性の弱さです。
女性が強いといっても、もちろん体格や力の強さでは男性にかないません。
体や声の大きさに恐怖を抱く感覚はきちんと残っています
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
男性はあくまでも「力があっても体は弱い(=赤面疱瘡にかかりやすく、罹患したら高確率で命を落とす)」だけ。
でも、いざ男女が逆転し、政治という表舞台において女性が権力を握りそれを振るう姿は、男性のそれよりも力強く圧倒的に見えます。
かつての女性がそうであったように、『大奥』では男性が政に口を出すことはよしとされません
(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
そもそも「男など役立たず」という感覚を持った女性も少なくないのです
(『大奥』11巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
生物学的に見ても、女性とは本来とてもたくましいもの(だって命を宿して生み出すことができるほどですからね)。
男性に代わって権力を持ったことで、女性にもともと備わっていた強かさが発露したーーそんな風に見ることもできます。
また、自分に降りかかる過酷な運命を、最終的にはきちんとその身に受ける強さも持っているのです。
ひたすら子種をまく男性に対し、女性はとにかく子供を産まなければなりません
将軍ともなれば、愛する男以外とも閨をともにする運命を受け入れざるを得ないのです
(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
そして男性。
『大奥』における男女逆転は、男性をせまい籠に押し込めるようなものだと私は考えています。
大奥の男達を金魚鉢の金魚だと例えるシーンもありますが、実際は大奥に限らず、この時代の男達すべてがある意味で囚われの存在なのではないでしょうか。
将軍が幼い場合、大奥の男達は溜まったフラストレーションを男同士で発散させることもあり、それこそまさに「至上の贅沢」というわけです
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
仕事を取り上げられ、家の中に閉じ込められ、子種を必要に応じてまくだけの存在。
それは身分を問わず、むしろ身分があるからこそ、ただ純粋に愛する人に会いたい、添いたいという願いすら叶いません。
男女逆転によってもともと持っていたものを奪われたからか、男性に関しては余計に弱さや儚さが際立つように感じられます。
なかなか家光が身ごもらなかったため、有功は家光に侍ることを禁じられてしまいます
徳川にとって必要なのは「男」ではなく「子種」なのです
(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
以上から、『大奥』においては本来の性別がもつ「らしさ」そのものが、男女の逆転によってより強い呪縛となっていると言えるでしょう。
呪縛とは、抗うことのできない運命。
それでも懸命に生きる姿の美しさに男女の別はなく、それこそが『大奥』の魅力のひとつでもあるのです。
3、さらに掘り下げ!『大奥』の魅力を語るのに欠かせない3つのポイント
前項までで『大奥』の魅力を稚拙な語彙力を振り絞りながらなんとかまとめてきましたが、ここからはさらにマニアックな部分に切り込んでいこうかと思います。
『大奥』を語るうえで欠かせない、3つのポイントに着目していきます!
3-1 史実と創作の融合!実際にあった事件は『大奥』を通して二重にも三重にも美しい伝説となる
歴史ものや時代ものに欠かせないのは、やはり歴史上で実際に起こった事件。
誰もが知っている、あるいは史料がしっかり残っているからこそ、作品上でどのように描かれるのか、どうアレンジされるのか気になりますよね。
『大奥』はその点も抜かりなし!
実際に起こった事件は史実を超え、よりドラマティカルに描かれています!
実際の事件を取り扱ったシーンはいくつかあるのですが、今回はかの有名な江島生島事件について。
江島生島事件(えじま いくしま じけん)は、江戸時代中期に江戸城大奥御年寄の江島(絵島)が歌舞伎役者の生島新五郎らを相手に遊興に及んだことが引き金となり、関係者1400名が処罰された綱紀粛正事件。絵島生島事件、絵島事件ともいう。
史実では江島が大奥の門限を忘れて新五郎と密会し、その行いが大奥での規律の緩みを招いたとして、江島は幽閉、新五郎は三宅島に島流しとなり、その他多くの人が厳しい処罰を受けています。
そしてこの事件をきっかけに、大奥で大きな勢力を誇っていた月光院の威光が失墜し、敵対勢力である天英院が推していた紀伊藩主・徳川吉宗が8代将軍に決定したため、歴史的に見てもとても重大な事件だといえるでしょう。
そんな江島生島事件、『大奥』ではどのように描かれているのかというとーー。
ポップに言うと「むくつけき男の初恋物語」、詩的に表現すると「結ばれぬ男女の美しき悲恋」でしょうか。
上が人気役者の生島新五郎、下が大奥総取締の江島です
(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
『大奥』における江島はお世辞にも美男とは言えぬ風体で、けれどそのかわりにまっすぐな気性で大勢から慕われる頼れる男です。
歌舞伎や小説などで描かれる江島は、新五郎を長持(今で言う大きなスーツケースのようなもの)に入れて大奥に忍び込ませたりしていますが、『大奥』の江島は真面目一徹。
職務に忠実で、自分が仕える月光院や幼将軍のためにならないことは一切しません。
あまりにも真面目すぎるため、「たまには」という月光院の計らいで実現した、たった一度の新五郎との逢瀬。
憧れていた新五郎を前に緊張と喜びで固まる江島は、結局彼女に一切手を出さず別れます。
「またお会いできますよね……?」という新五郎の言葉を胸にーー。
新五郎も江島の気質の良さに魅力を感じます
(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
これまで女性に縁がなく、唯一の居場所として奥仕えを選んだ江島にとって、新五郎との出会いがどれほどの幸福だったか……。
その夜、新五郎の姿や言葉を思い出し、褥のなかで大粒の涙を流すのです
(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
しかし、このたった一度の逢瀬が江島生島事件を引き起こし、大奥に大きな衝撃を与えることになるとは……。
史実では、江島生島事件は天英院の陰謀であったとの説もあり、『大奥』でもその説が採用されています。
天英院は天英院で、譲れない想いがあるのです
(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
この事件を経て8代吉宗が誕生し、そして『大奥』1巻のストーリーへと繋がっていくわけです。
なんともドラマティックで、美しく、悲しい物語なのでしょう……。
やや脱線しますが、江島生島事件はフジテレビ制作の映画『大奥』でも描かれています。
こちらは江島が仲間由紀恵さん、新五郎が西島秀俊さんととっても豪華キャスト!
江島生島事件に興味・関心がある方は、ぜひ一度鑑賞してみてくださいね。
3-2 これぞ粋!大奥の男衆のなかで一種のシンボルとなった「お万好み」
江戸時代の武家の男性ファッションといえば、ぱっと思い浮かぶのは裃(かみしも)姿。
肩部分が左右に大きく張った肩衣に、ズルズルと長~い長袴が印象的ですよね。
裃は武家の礼服・略礼服・通常服に用いられ、大奥にて美しさを競う男性たちにとって、いかに豪華で美しく格好良い裃を身につけるかがとても重要なのです。
そして『大奥』でたびたび登場するのが、大きな流水紋をあしらった裃。
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
この流水紋は「お万好み」と呼ばれる図案で、名前から察せられるとおり、三代家光の時代に有功が最初に身につけたものです(有功の女名はお万)。
さらに付け加えるなら、「お万好み」は有功が大奥総取締として皆の前に始めて姿を表わしたときに着ていた裃でもあります。
有功が男と女の業から解放された瞬間でもあります
(『大奥』4巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
人望と教養に優れた有功は長い大奥の歴史の中で半ば伝説となっています。
「お万好み」は大奥でもっとも将軍に愛され、しかしけして叶うことのなかった悲しい男の象徴であるとともに、【初代大奥総取締】の威信を表わすものなのです。
この裃を身につけたのは、有功を除いて三人。
ひとりは8代吉宗のときに御内証の方に選ばれた水野。(※『大奥』における御内証の方とは、未婚の女将軍に夜伽の指南をする者のこと。将軍を傷つけるものであり、内々のうちに死罪とされます)
水野はこの裃を着たことで、吉宗に見初められます
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
それから13代家定の時代の大奥総取締、瀧山。
瀧山はこの裃を着て大奥の男衆に激を飛ばし、「お万の方の再来」といわれます
(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
そして家定の御台所(正室)である胤篤(篤姫)。
胤篤は歴代御台所で初めて裃を身につけ、家定を驚かせます
また、この裃が二人の恋を悲劇的に彩るのです
(『大奥』14巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
「ここぞ!」という時に登場する「お万好み」の洗練された紋様は、読者の意識を有功へと引き戻し、大奥の悲しい成り立ちを思い出させます。
同時に、大奥の男達の強さや弱さ、意地、そして苦境にあっても誇り高い魂をも思い出させ、江戸の男性がもつ「粋」という美意思へとつながるのです。
大奥の男衆だけではなく、読者にとっても『大奥』のシンボルといえるもの、それが「お万好み」だと言えるでしょう。
3-3 逃れられない運命!大奥の主である歴代「御台所」と将軍とで繰り返される悲しい別れ
大奥の主は誰か?
それは大奥総取締ではなく、将軍にもっとも愛される側室でもなく、将軍の正室である「御台所」です。
たとえ、将軍と御台所の間に温かい愛や交流がなかったとしても、将軍の寵愛が別の側室に注がれていたとしても、大奥の主が御台所であることに変わりはありません。
けれど、『大奥』において、歴代将軍と御台所の関係はけして穏やかなものではありませんでした。
初期に目を向けると、本来の三代家光は男色家であり、御台所には無関心。
その後身代わりとなった千恵は正室を持たず、その娘である四代将軍は短い一生のなかで御台所はもちろん、側室とも子をなしませんでした。
跡継ぎを設けられなかった将軍も少なくありません
(『大奥』4巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
その後に続く将軍と御台所も大体似たようなもので、中には関係が良好なケースも見られましたが、幸せな時間は長く続かず、待っているのは悲しい別ればかり。
終生幸せな結婚生活というものは、長い徳川の歴史のなかではついぞ見られなかったのです。
史実においても、徳川将軍と正室の子が跡目を継いだのは三代家光のみであることから、歴代将軍と御台所の関係はそれほど良好とは言えなかったと推測できます。
なんとなくですが、ハレムをもつ権力者とその正妃の関係性って、まぁそれほどよくないだろうなぁと察せられますよね。
男女が逆転していようとしていなかろうと、ハレムというシステムはそこに囲われる人間にとって悲しいものです。
それはハレムの主が優しければ優しいほど、より残酷に……。
また、男女逆転だからこその悲劇もあります。
男女が入れ替わった社会のメリットとして、女系の血筋がたしかに守れることがあげられるでしょう。
血統を守るという意味では女系は間違いなしです
(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
女将軍が懐妊すれば、それは間違いなく将軍の子。
同時に、要は妊娠さえすればいいのだから父親が誰であろうと血統的にはどうでもいい、という側面があります。
世継ぎの父親が御台所である必要はありません
(『大奥』9巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
妊娠した将軍は、その気になればお気に入りの側室を「お腹様(『大奥』においては将軍の子の父)」とすることもできるわけですね。
このシステム、囲われる側の男性にはあまりにも残酷ではありませんか。
本来のハレムであれば女性は懐妊することでその地位を確立していきますが、『大奥』ではそれが叶いません。
すべては将軍の気持ちひとつ。
男性の地位は不安定かつ曖昧で、たとえ「御台所」の地位にいたとしてもーーいえ、御台所であればこそ、よりいっそう悲しみが積もるものなのです。
10代将軍・家治の御台所である五十宮の言葉です
(『大奥』9巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
『大奥』における将軍と御台所の関係性は、ストーリーの展開に大きく関与するものでもあります。
あらためてそこに着目すると、繰り返される将軍と御台所の悲しい別れにこそ、男女逆転である『大奥』の神髄が見られるような気がします。
4、とくに胸が苦しくなったのはここだ!ライターがガチで号泣したシーンをご紹介
せっかくなので、ここからはライターが『大奥』を読んでいてガチで涙を流したシーンを3つ紹介しようと思います!
正直、『大奥』には泣かされてばかりなので、3つに絞るのも苦労しました。
が、ここで紹介するのは珠玉のシーンばかり!
「私もここで号泣したよ!」という同胞の共感のお声、待ってます!笑
その1 家光(千恵)とお万(有功)が恋に落ちたシーン
無理矢理三代家光の身代わりとして生きることになった千恵と、家光の種馬として大奥に囚われた有功。
二人が互いに恋に落ちるシーンには泣いてしまいました……。
号泣ポイントは、「恋に落ちること」そのものではなく、「そこまでの過程」です。
千恵も有功も、互いにとてつもない地獄を経験しています。
とくに千恵の境遇は過酷で、これまで母親を殺され、その存在をなくされ、男に犯され、娘を亡くし、その上で「子をつくれ」と男をあてがわれているわけです。
本来ならけして出会うことのなかった二人ですが、有功は千恵の中の苦しみや悲しみに気づき、それに寄り添うことで心を通わせます。
(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
本当なら幸せなワンシーンのはず。
でも、これまでの、そしてこれからの二人のことを考えると、どこまでも暗く深い悲しみを暗示させるシーンとなっています。
その2 黒木が理不尽さを空に向かって嘆くシーン
(『大奥』10巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
このシーンについては、ネタバレ強めになってしまうのであまり多くは語りません。
ただ、このシーンには男女逆転によって長年抑圧された男性の心の叫びが凝縮されています。
それまでこれほどハッキリと『大奥』の女性を非難するシーンはなく、黒木の叫びが初めての大きな不満の爆発といえるでしょう。
その激しさ、苦しさに、思わず涙がこぼれてしまいました。
その3 家茂の死を和宮が嘆くシーン
当たり前ですが、人の死は悲しい。
そして、歴史もの・時代ものには人の死がつきものであり、『大奥』でもたくさんの人が亡くなります。
それはときにドラマティックに、ときに淡泊に、物語の転調とともに訪れるもの。
数ある死を悼むシーンのなかでライターがもっとも号泣したのは、14代家茂の死を、御台所である和宮が嘆くシーンでした。
このシーンについては、こちらの2020年のおすすめ漫画の記事でも触れているのですが……。
大奥の歴史のなかで、唯一ほかとは違う夫婦関係を築いた家茂と和宮。
恋愛ではなく、心からの親愛関係によって成り立った二人だからこそ、家茂の死は和宮にとって残酷すぎる知らせでした。
(『大奥』18巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
結果、ライターにとって『大奥』史上もっとも大号泣するシーンとなりました。
5、「男女逆転」というジャンルが抱える課題とは?現代社会が抱える女性の権利問題への思わぬ一石(※ラストのネタバレあり!)
ジェンダー問題への関心度が高い昨今。
『大奥』の連載開始当初、ここまで女性の権利問題(フェミニズム)が現代社会で注目されると、はたしてよしなが先生は予想していたのでしょうか?
もちろん、女性の権利問題は今よりもっとずっと以前から根付いているものですし、よしなが先生の真意はわかりません。
けれど、『大奥』は間違いなく、現代社会における身近かつ大きな問題に対し、遠く江戸時代から一石を投じた作品であると言えるでしょう。
作中、8代吉宗が口にする印象的な言葉があります。
それは、女性がトップに立つことがそんなにおかしいのか? というもの。
(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
『大奥』において、表向きの仕事はすべて女性が行い、男性は政に口を出せません。
でも、家督を継ぐときはわざわざ男名を使うため、書類だけ見れば江戸は古来より変わらずずっと男性が治めているように見えるのです。
また、『大奥』の場合、男女の立場が入れ替わっていると言っても、実はそれが完全なものではありません。
女性は仕事に家事、育児まで、旧来「女性の仕事」とされてきたものに加え、「男性の仕事」までまるまる追加されているのです。
ここでふと、「あれ? これって現代女性と通じるものがあるのでは?」と思いませんか?
女性が当たり前に社会に進出するようになり、結婚・出産しても働き続けることがけして珍しくなくなった今日、仕事に加えて家事や育児の大部分を負担している女性はけして少なくありません(もちろん各家庭によります)。
遠い江戸時代の創作であったはずの『大奥』が、現代社会にピタリと当てはまる瞬間があるのです。
さて、そもそも男女逆転ものの課題とは、肉体的あるいは精神的に異性の立場になることで異性の目を通して世界を見ること、そして、異性の肉体的・精神的・社会的な利益・不利益を理解することだとライターは考えます。
そして最終的な問題は、そこからどう発展させ、読者が何を得るのか? という部分でしょう。
『大奥』において、それは明確には記されていません。
なぜなら、『大奥』から何かを得るのも、感じるのも、それはすべて読者が自ら行うことだから。
でも、そのヒントになるものはラストに記されています。
女が国を治めていたことや大奥が男性のものである証拠など一切が焼き捨てられた明治の世で、胤篤は未来を担う少女にそっと告げるのです。
それは事実を知り、意識を変えること
(『大奥』19巻 よしながふみ/白泉社 より引用)
6、まとめ
連載終了が惜しまれる『大奥』。
でもその終わり方は爽やかかつ大団円で、とても読後感のいいものです。
正直、近年これほど気持ちの良いラストの漫画はなかなかありません!
歴史ものの長編大作でこれほど気持ちよく終わられると、惜しむことがむしろ間違っているように思えます。笑
でもだからといって、『大奥』ロスは抑えられない!
そんな気持ちで書いたこの記事、文字数の関係で満足いくまで書ききることは難しかったですが、私が思う『大奥』の魅力をたっぷりと詰め込ませていただきました!
『大奥』ファンの方の心に少しでも刺されば嬉しく、また、未読勢への布教の手助けになると幸いです。
ayame
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