みなさんこんにちは!ほんのり歴女なマンガフルライターayameです。
今回も始まりました、名作『あさきゆめみし』キャラ解説。
第12回はメインヒロインの紫の上(後編)です!
前編では『源氏物語』における紫の上と、幼少期から源氏と結婚するまでの彼女の人生をみてきました。
後編では源氏の正妻となってから晩年までの彼女の人生を見ていきつつ、彼女の本当の魅力に迫ります!
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こちらは『あさきゆめみし』の完全版。美しい!
また、55周年記念の新装版も発売しています。
目次
1、『あさきゆめみし』における紫の上~次々襲いかかる幸福と不幸を順番に解説~ その②
前編のその①からの続きです。
源氏の妻となり、裳着を迎え、これから夫婦として新たに歩み出すと思われた矢先、源氏は政敵の娘(しかも兄帝の想い人)に手を出したことで須磨に隠遁することになります。
もちろん紫の上はお留守番……源氏の無事を祈る毎日ですがーー。
1-1 健気に源氏を待つ日々~思わぬ裏切りに涙~
源氏と離れ離れになった紫の上ですが、ただ泣き暮らしているわけにもいきません。
源氏の妻として、主のいない屋敷を守り、残った家人たちの世話をしなければならないのです。
源氏を慰める手紙や物資を送るのも大切な役目です
(文庫版『あさきゆめみし』2巻 大和和紀/講談社 より引用)
紫の上はこれらの役目をよく果たし、健気に源氏を待ち続けます。
しかし……。
酷い嵐で須磨から明石へと住まいを移した源氏は、そこでとある女性と出会います。(出会うっていうのは、つまりそういうコトです)
その女性こそ、明石の君。
不思議な魅力で源氏を引き寄せた特別な女性であり、その後長く紫の上を悩ませる女性です。
待つことしかできないのは本当に辛いですね
(文庫版『あさきゆめみし』2巻 大和和紀/講談社 より引用)
遠い京の都で寂しさと戦いながら健気に源氏の帰りを待っていた紫の上にとって、この上ない裏切りと不幸であるといえるでしょう。
1-2 待ちに待った源氏の帰京~この世の春と思わぬ衝撃~
都では酷い天災と右大臣の死去、帝の眼病、弘徽殿の太后の病と不幸が重なり、不穏な空気が流れます。
これらすべて亡き院(帝と源氏の実父)の祟りであるとし、故院の怒りを解くためにも源氏を京に戻すべし、という廷臣たちの声が抑えられなくなってきました。
これを受け、帝の許しを得た源氏は3年ぶりに帰京します。
待ちに待った瞬間
(文庫版『あさきゆめみし』2巻 大和和紀/講談社 より引用)
感動的な再会、そして無位無官だった源氏は権大納言へ。
兄帝は退位し、冷泉帝(藤壺の皇子であり、実は源氏の子)が即位することで、源氏の地位は確固たるものとなりました。
まさにこの世の春の到来です。
そんなある日、明石からの使者がやってきます。
伝えられたのは、明石の君の出産。生まれたのは姫君でした。
源氏は過去に夢占にて、「生まれる子は3人。1人は皇帝になり、身分の低い人から生まれる人は皇后に、劣った人は位人臣を極める」と言われています。
藤壺との子が帝になった今、この夢占を無視するわけにもいかず、ゆくゆくは皇后になるという明石の姫君を捨て置くことはできません。
となると、紫の上に隠し通すことも不可能なわけで……。
この源氏の言い草もまた嫌な感じです
(文庫版『あさきゆめみし』2巻 大和和紀/講談社 より引用)
離れ離れで暮らした空白の3年間……その間に源氏は他の女性と子供までなしていたのです。
妻として、女性として、紫の上が源氏との子供を切望していたことは言うまでもありません。
しかし、紫の上は湧き上がりかけた負の感情にフタをします。
ここで泣いたり怒ったりしたところで、意味などないとわかっているのでしょう。
ただただ、これを愛の試練として受け入れるしかないのです。
すべては源氏に教えられるもの
(文庫版『あさきゆめみし』2巻 大和和紀/講談社 より引用)
1-3 明石の君の上洛~思わぬ提案への絶望と喜び、そして友情~
源氏は折に触れ、明石の君へ姫君を連れて都に来るように促していました。
しかし、住み慣れた故郷を離れること、低い身分で源氏の側近くに侍ることに不安を覚える明石はなかなかやってはきません。
それもあり、源氏の心には常に明石の君の存在があり、紫の上は心乱れます。
子をなしたということは、それだけ源氏との縁が強いということ。
紫の上はなかなか子が出来ないからこそ、気になって仕方ないのでしょう。
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
やがて、ついに明石が上洛。
源氏は嘘をついて明石に会いに行こうとして紫の上の機嫌を大いに損ねますが、紫の上は「せめてつまらない女にならないように」と自戒し、もう二度と明石の君のことで取り乱すまいと心に決めるのです。
それからしばらくして、源氏は紫の上にある提案をします。
それは、明石の姫君を養女としてその手で育ててくれないかというもの。
紫の上は源氏の手前、心底喜んでいるように見せますが……実際のところはどうだったのでしょうか。
源氏との子を強く望んでいる彼女にとって、愛人の子を養女として慈しみ育てるなんていうのは、あまりにも酷な話です。
少なくとも、現代の感覚ではそう思う人の方が多いはず。
けれども同時に、源氏にとって大切な姫君を任せられるということはかけがえのない信頼の証であり、紫の上の正妻としての地位を守ることにもつながります。
紫の上の心情を慮ればこれは大きな不幸であり、しかし体面的には幸福ともとれるでしょう。
やがて、小さな姫君が紫の上のもとにやってきますが、母を求めて泣く姫君を抱きしめたとき、はじめて紫の上は明石に対して申し訳なさを感じるのです。
明石の気持ちを考えると涙が出るし、そんな明石を思いやれる紫の上の優しさにも涙が出ます
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
以降、姫君の成長を通して紫の上と明石は互いに「姫君の母」という共通認識を得て、友情ともいえる良好な関係を築いていきます。
1ー4 穏やかな晩年に訪れた最後の裏切り~正妻の座からの陥落~
明石の姫君もすっかり成長し、裳着の儀式と入内を済ませたころ、ついに紫の上と明石の御方は直接対面することになります。
二人は互いに友情を感じ、長きにわたる物思いは終わりを迎えました。
以降の紫の上の人生は、他に類を見ないほど穏やかかつ華やかで艶やか。
源氏は準太上天皇まで位を極め、その正妻として、また今をときめく女御の母として、都一の貴婦人として過ごします。(太上天皇=帝位を退いた人への尊称。準はそれに次ぐという意味であり、臣下を越えた存在となった証)
これからは源氏と二人、穏やかに、ただ二人の間にある愛だけを信じて生きていこうと誓います。
子供が手を離れ、やっと夫婦ふたりの時間がとれるようになりました
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
しかしーー。
そんな幸せも、長くは続かなかったのです。
というのも、源氏の兄である朱雀院が体調を崩し、念願である出家を希望。
朱雀院にはまだ幼い内親王が幾人かおり、そのなかでもとりわけ女三の宮という皇女を可愛がっていました。
朱雀院は母のない三の宮を残すことだけが気がかりで、どうにかつり合いの取れる相手に嫁がせられないかと考えます。
そこで白羽の矢がたったのが源氏。
歳は親子ほど離れているものの、若い公達のなかにはなかなか相応しい相手が見つからず、身分からいっても準太上天皇である源氏以外にちょうどいい相手が見つからなかったのです(本来、内親王は結婚しないのが習わし。準太上天皇として皇族に近い存在になった源氏であれば、という考えです)
もちろん、源氏は最初この話を拒みます。
これ以上紫の上に辛く苦しい思いをさせたくないですからね。
けれど、源氏の中にはいまだ藤壺への消えぬ情熱が残っています。
三の宮の亡き母は藤壺の妹……つまり、三の宮は藤壺の姪。(紫の上と同じですね。紫の上と三の宮は従姉妹同士になります)
亡き藤壺の面影を追い求め続ける源氏は、自分自身でも信じられないことに、三の宮降嫁を受け入れてしまいます。
源氏はいまもまだ藤壺に心をとらわれたままなのです
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
内親王が降嫁するのですから、当然その立場は正妻。
それはこれまで源氏の一の人として君臨してきた紫の上を、ただの妻のひとりに格下げするということです。
といっても、そもそも紫の上とは正式な結婚の儀を行っていないため、現実には源氏の正妻の座は長く不在でした。
そこにスルリとおさまったのが女三の宮というわけです。
源氏は心から紫の上に謝罪し、そんな源氏の謝罪を紫の上は受け入れます。
誰よりも自分を理解しているはずの源氏によるここに来ての裏切りは、紫の上にとって酷過ぎました
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
しかし、紫の上の中では確かに何かが音を立てて壊れてしまったのでした。(しかも源氏、この頃には過去の恋人と再会して再び燃え上がったりもしてるんです……。もう最低です)
2、出家を望みながらも叶わない晩年……落命の瞬間に気づいた源氏への愛と幸福
紫の上の物思いをよそに、物語は若い世代を中心にしてどんどん進んでいきます。
源氏の息子たち世代の恋模様も大きく動き出し、朝廷では帝が譲位し、新帝と新東宮の誕生。
中宮となった明石の姫君は4人もの子宝に恵まれ、紫の上は祖母として皇女の養育に関わります。
源氏は体面上どうしても女三の宮のもとに留まることが増えましたが、紫の上の寂しさはこの皇女をはじめ明石の姫君や孫たちが埋めてくれました。
それでも、心の中で欠けてしまったものを完全に取り戻すことはできません。
女三の宮その人に嫉妬を感じているわけではありません。ただ、自分の人生に虚しさを感じているのです
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
紫の上にとっての不幸は、心の奥底に抱えた黒いものに源氏が気付けなかったことも大きいといえるでしょう
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
「いずれ源氏の寵愛が完全に女三の宮に移ってしまうくらいなら」という思いを消すことができず、ついに紫の上は出家を願い出ます。
が、当然、源氏がそれを許すはずもなく……それからは、出家したい・許さないの繰り返し。
同時に、紫の上は心労からか徐々に体調を崩していきます。
病床のなかでも出家は許されず、少しずつ源氏への愛が冷めていくのを感じるのでした。
源氏はどこまでも自分のことしか考えていないようですね…
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
やがて、念願の出家も許されないのならばせめてと、紫の上は二条院で盛大な法会を催すことにします。
源氏の妻たちもみな招待し、厳かかつ華やかに執り行われた法会ーーここで紫の上は密やかに現世との別れを済ませます。
そのとき、あらためて紫の上はこの世界の美しさと、すべての生きとし生きるものを愛している自分自身の心に気づくのです。
紫の上の人徳と人柄が見える見事な法会です
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
そこから紫の上の体調は一気に急降下。
少女時代を過ごした懐かしい二条院に移り、病に苦しみながら過去を振り返ります。
幼少期のこと、須磨と京とで離ればなれに過ごした日々のこと、そして源氏が帰京した日のことーー。
悲しみの後の喜びの大きさと、やっとの思いで取り戻した愛する人との幸せの日々を思い出した紫の上は、自分の人生は「幸せだった」と思い直すのです。
紫の上の表情はこの上なく穏やかです
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
それとともに、源氏への深い変わらぬ愛が今も自分の中にあることを自覚しますが……。
最期の瞬間まで源氏のことを思って……
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
そのまま、紫の上は命を落としてしまいます。
3、紫の上は幸福だったのか?不幸だったのか?最期の時こそ彼女の本当の魅力が見える
当の紫の上が今際の際に「幸せだった」と言っているのに無粋ですが、やはりいち読者として、いちファンとして、彼女の人生が本当に幸せだったのかが気になるところ。
彼女にとっての一番の幸福は、源氏の一の人でありつづけたこと。
晩年こそ女三の宮に正妻の座を奪われてしまいましたが、それでも源氏に最も愛され、あらゆる女性を差し置いて優位な立場であったことは言うまでもありません。
けれど、一の人であるからこそ、苦しみが深かったのも事実。
実際、同じ源氏の妻という立場でありながら、男女の情愛を越えた関係性を築くことで、紫の上とは対極の穏やかな人生を送った人もいます。
そう考えると、紫の上の幸福と不幸は表裏一体、切っても切り離せないものであり、幸福と同じだけ不幸であったとも考えられますね。
男性の愛のみを頼りに縋って生きるという人生も、現代人の感覚では不幸にしか思えません。
しかし、それでも紫の上は「幸せだった」と言いました。
この美しい世界に生まれ、このうえなく愛し、愛され、愛しい人の手の中で眠るように逝けたこと……。
それだけのことで、すべてを許し受け入れられる、この器の大きさこそ、紫の上の本当の魅力なのではないでしょうか。
紫の上のような人生を送りたい……そう考える読者はなかなかいないと思いますが、紫の上のような心映えの人間になりたいと思う人は多いのでは?
紫の上は女性としても素晴らしい人物ではありましたが、しかしその本当の魅力はやはりその人間性にこそあるといえます。
源氏は自分を憧れさせて止まない、自分をひざまずかせるような女性を探し求めて数々の恋を放浪してきましたが、そこに『女性』を求めたから、『女性』であることにこだわったから、心が満たされなかったのでは……と思わされます。(だからといってBLに目覚めろとかそういうことではなく)
もっと女性たちの人間性に目を向けていれば、そしてそのことに紫の上が命を落とす前に気づけていれば、彼の苦しみも悲しみも少なかったはず……。
とはいえ、源氏の山あり谷あり悲哀ありの物語じゃなければそれは『源氏物語』じゃなくなってしまいますけどね。
紫の上の人生を通して、そして紫の上の魅力を改めて考えることで、源氏に足りないものが見えてきた気がします。
また、作中にあるとおり、源氏と紫の上は二人でひとつの存在。
これは若かりし日に明石に語ったことです
(文庫版『あさきゆめみし』2巻 大和和紀/講談社 より引用)
『あさきゆめみし』における晩年の源氏は、後悔の念を並べるばかりで彼自身が幸福だったのかどうかはよくわかりません。
けれど、彼の片割れである紫の上は「幸せだった」と言いました。
きっと、源氏も最期の時には紫の上と同じように「幸せだった」と口にしたのではないでしょうか。
だとするならば、やはり紫の上の人生は幸福だったのだと思わざるを得ません。
もっとも愛した人の人生の最期に、幸福を添えることができたのですからーー。
(ayame)
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