泣ける!グッとくる!ぞっとする!ライターが独断で選んだ『大奥』名シーン20選!

こんにちは! ほんのり歴女のマンガフルライター、ayameです!

前回、多くの人とよしながふみ先生の『大奥』の魅力を共有したい!という思いで1記事書かせていただいたのですが……↓

男女逆転歴史SF『大奥』の魅力とは?ストーリーを華麗に彩る3つのポイントと号泣シーンを共有したい!

2021年4月28日

まだまだ物足りない! という多くの声を主に私からいただきまして。

今回は『大奥』の名シーンをまとめようじゃないか! と思っております。

けど、いきなり泣きごと言っていいですか……?

『大奥』のストーリーはさすが大河ものだけにとてもボリューミィ。

しかも、休む間もなく息つく暇もなく、心をグリッと抉ってくる名シーンが立て続けに襲ってくる……!!

「こ、こりゃあガチンコで名シーンまとめなんかやったら文字数がいくつあっても足りねぇぜ……(ゴクリ」

PCを前に思わず震える私、断腸の思いで名シーンを選別! 選別!! 選 別 ! ! !

結果、ライターayameが独断で選ぶ(つまりはayameが好きな)名シーン20選となりました!

  • 『大奥』の名シーンを振り返りたい
  • 『大奥』を全部読み返すのは大変だから良シーンだけパパッと見たい!
  • 『大奥』を未読の人に布教したい!

そんな人は、ぜひぜひ今回の記事をご活用ください!!(ただしネタバレ山盛りなので布教の際はあくまでも資料としての活用がおすすめです)

繰り返しになりますが、あくまでもライターayameの個人的に好きな名シーンとなっております。

「あのシーンがない!」「これも名シーンだよ!」等ありましたら、ぜひコメントで教えてくださいね。みんなで共有しましょう!

目次

1、『大奥』のストーリーを表でザザッとおさらい

よしながふみ先生の男女逆転作品『大奥』は、謎の疫病・赤面疱瘡によって男子の人口が極端に減った江戸を舞台にした歴史SF漫画です。

おおまかなあらすじについては↓の記事でも紹介しています。

男女逆転歴史SF『大奥』の魅力とは?ストーリーを華麗に彩る3つのポイントと号泣シーンを共有したい!

2021年4月28日

今回は『大奥』全体の流れをひと目で思い出せるよう、簡易的な表を作成しました。

  将軍 御台所 大奥総取締 備考
大奥創成期 家光 ・春日局
・お万(万里小路有功)
・3代家光(真)が死去
・娘の千恵が女将軍に就任
家綱 浅宮顕房 お万 ・由井正雪の乱
・明暦の大火
・お万が大奥を去る
綱吉 鷹司信平 ・右衛門佐
・秋本
・生類憐れみの令
・赤穂浪士事件
大奥成長期 家宣 國熙 江島 生類憐れみの令廃止
家継 ・江島生島事件
・水野が大奥入り
吉宗 藤浪 小石川養生所設立
大奥発展期 家重 比宮実行 杉下 ・田沼意次の台頭
家治 五十宮倫仁 ・高岳
・松方

・青沼が大奥入り
・赤面疱瘡治療の研究開始
・人痘の成功
・田沼意次失脚
・青沼の死去
・平賀源内の死去

家斉 茂姫 ・武田
・滝沢(お志賀)
・将軍生母・治済の毒殺未遂
・人痘の復活
・男子の人口の回復
家慶 ・阿部正弘が老中に就任
・黒船来航
大奥衰退期 家定 ・鷹司任親
・一条秀久
・島津胤篤
瀧山 ・日米通商条約
・鎖国解禁
家茂 和宮 ・安政の大獄
・和宮降嫁
慶喜 ・大政奉還
・王政復古の大号令
・江戸城の無血開城

※「-」は不在及び作中に登場しない場合

創成期~衰退期は私が個人的に当てはめたものです。

創成期は男女が逆転した大奥の成り立ちから確立までを指し、成長期は初期の悪習の廃止(御内証の方など)、発展期では大奥にて赤面疱瘡治療の研究と男女の入れ替えが行われ、衰退期にて大奥は江戸幕府とともに終焉を迎えました。

この長い歴史の中、大奥は表になり裏になり、江戸の政治を動かしていきます。

そんな大奥に住まう男と、彼らを愛した女をメインに展開していく物語ーーそれがよしながふみ先生の男女逆転『大奥』なのです。

2、胸が苦しい!心が抉られた辛く切ない名シーン10選

まずは『大奥』といえばコレ! というほどに多い、胸が苦しくなる切ないシーンをご紹介。

心がグリッと抉られるような、美しいほどに辛く悲しいシーン10連発です。

2-1 有功が玉栄だけに密かに見せた心の闇(単行本3巻)

3代家光(真)が死去し、密かに身代わりとして江戸城大奥に拉致された家光の娘・千恵。

しかし当時の徳川家はまだ盤石ではなく、諸国には徳川家転覆を狙う野心がうごめいていました。

それ故、家光公死去はけしてあってはならないことであり、たとえ男系が途絶えようと徳川家の血筋を絶やすわけにはいかないという状況。

よって、千恵が身代わりになった事実は一部の幕閣以外には知らされておらず、千恵のために集められた幾人かの男で構成された当初の大奥は『万一国が乱れた場合に当代(千恵)を守るために作られた最後の砦』だったのです。

有功はそんな千恵にあてがわれた種です

(『大奥』2巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そんな大奥に無理矢理連れてこられた有功(お万)。

当初は己の立場を嘆くことの多かった有功ですが、千恵と少しずつ交流を重ね、彼女の悲しみや苦しみを理解するうちに互いに深く愛し合うようになります。

しかし、どれほど愛し合っても、二人は子供に恵まれませんでした。

千恵と大奥の存在意義は、世継ぎを残すこと。

有功は子種がないとされ、春日局は有功に千恵の側に侍ることを禁じ、代わりの男(捨蔵=お楽)を用意します。

もちろん有功は強く抵抗しますが、自分が身を引くことが千恵の、そして徳川のためだと言われれば反論はできません。

戦が起きれば千恵の身の安全は保証されません

(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

千恵も激昂しますが、有功の決意を受け入れ、徳川とともに生き、そして滅びることも受け入れました。

千恵のこの言葉は、後に続く女将軍が抱える苦しみでもあります

(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そして迎えた、千恵と捨蔵がともに迎える初めての夜ーー。

その翌日、有功は自分の部屋子である玉栄だけに、その心の裡を見せるのです。

公家の出である有功はそれまで刀など握ったこともありません

(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

胸が引き裂かれるようなワンシーンですね……。

2-2 大奥のむなしさと暗さを思い知らされる鶴岡の言葉(単行本1巻)

7代家継の時代。

貧乏旗本の息子・水野は望まぬ相手との結婚を厭い、大奥入りを決意します。

実家の負担軽減のため、そして好きな女性と夫婦になれない苦しみから逃れるための選択でもありました

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

根っからの江戸っ子で男にも女にもモテるタイプ、気っ風のいい男とはまさに水野のこと。

そんな水野の特技は剣術で、ひょんなことから大奥内で行われている剣術の稽古に参加します。

相手は手練れの鶴岡。

立ち会いは僅差で水野の勝利となり、水野は剣客として鶴岡のような相手に出会えたことに心から喜びを感じ、それを鶴岡に伝えます。

しかし……。

大奥とはそういうところなのです

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

こんなにも美貌や才覚がひしめいているというのに、大奥のものたちは心が暗い。

水野はそのことにあらためて打ちのめされるのです。

粋でいなせな水野にとっては、とてつもないカルチャーショックだったでしょう……。

同時に、読者の心にも強く残るシーンとなりました。

2-3 いまわの際に愛する女性の名を呼ぶ水野(単行本1巻)

7代家継の死去により8代吉宗が就任して間もなく、水野は鶴岡との立ち会いで勝利したことで御中﨟に昇格します。

そして、待ちに待った将軍による大奥の朝の総触れ。(将軍が大奥にやってきて男達と謁見すること)

総触れで将軍から名を尋ねられれば、それは「夜伽を命じる」という合図になります。

このとき水野が身につけていたのが『大奥』のシンボルともいえるお万好みの流水紋です

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

名を問われた水野ですがーー。

8代吉宗は(おそらく)処女ではありませんでしたが、未婚であったためご内証の方をたてることとなりました

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

未婚の将軍の初めての相手はご内証の方といい、内々に死罪にされます。

水野以外の御中﨟は名だたる名家の出の男たちばかりで、そうそう簡単に死罪になどできません。

総取締の藤浪は、ご内証の方としてふさわしい、金で黙らせることのできる程度の家柄かつ人品骨柄卑しからぬ男を密かに探していたのです。

それを知っても、もはや逃れる術はありません。

部屋子の杉下も憤りを隠せませんが……

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そして迎えた吉宗との夜伽。

水野は吉宗の女名が恋する幼なじみと同じ名前であることを知り、最後の頼みとしてこの一夜だけ吉宗を「信」と呼ぶ許しを請います。

余談ですが、『大奥』では女が男を「抱く」のです

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

いまわの際に切ない願いに、胸がぎゅっと苦しくなりました……。(ストーリーとしてはハッピーエンドになるので、それも含めて水野編は読み応えがあって読後感もよく、とても秀逸ですよね!)

2-4 江島の生涯でもっとも幸せな夜(単行本7巻)

時は少し遡り、7代家継の時代。

歴史上でも名の知られている、江島生島事件が起こりました。

江島生島事件(えじま いくしま じけん)は、江戸時代中期に江戸城大奥御年寄の江島(絵島)が歌舞伎役者の生島新五郎らを相手に遊興に及んだことが引き金となり、関係者1400名が処罰された綱紀粛正事件。絵島生島事件、絵島事件ともいう。

江島生島事件 – Wikipedia

『大奥』で描かれる江島生島事件は次期将軍候補を巡る大奥内での権力争いを背景に、人格者であるけれど不器量で恋愛に対してコンプレックスを抱いている江島が、人気役者の生島新五郎に一目惚れしたことを切っ掛けに起こります。

江島の主である月光院は真面目一本槍の江島を気遣って芝居小屋での遊興をすすめましたが、このことが敵対勢力である天永院一派につけ込まれる隙となり、江島は死罪を言い渡されるのです。(その後月光院が天永院に直訴したことで流刑に減刑)

不器量男と人気役者の恋と聞くと、それほどロマンティックには聞こえませんが……。

江島の人柄に触れ新五郎はすっかりその気になりますが……

(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

江島は新五郎に一切手を出さず、芝居小屋を後にします。

この江島の潔さ、新五郎だけでなく読者もグッときてしまいますよね。

その夜、江島は新五郎との逢瀬を反芻します。

これまで何人もの女性に拒否され婿行きは絶望的として奥勤めを選んだ江島を、「もったいない!」と言ってくれたこと。

そして、「またお会いできますよね…?」と言ってくれたこと。

新五郎は新五郎で、役者として辛酸を嘗めています

(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

江島の頬を大粒の涙がいくつもいくつも流れるのです。

幸せの絶頂のなかの涙は、後に起こる粛正の理不尽さを際立たせます…

(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

江島生島事件の結末を知らなくても、このシーンには切なくなってしまいますよね。

後に粛正が始まり、拷問に耐えかねた新五郎が江島との不義密通を認めても恨み言一つ言わずむしろ同情を示した江島

幽閉後は瓦版などの影響で「絶世の美男子」と後の世に伝わったことも含めて、江島というキャラクターがとても魅力的に描かれたエピソードでした。

2-5 父の正気を知り響き渡る綱吉の悲しい笑い声(単行本5巻)

5代綱吉は華やかな元禄時代に将軍に就きました。

とても華やかな容姿にグラマラスなスタイルをもち、年より若く見える可愛らしい女性です。

幼顔で目が大きく、華やかな衣装がよく似合います

(『大奥』4巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そして容色に優れているだけではなく、怜悧で政にも熱心。

性に関しては奔放なところがありますが、一人娘の松姫を溺愛する、よき母でもありました。

べてが変わりはじめたのは、その世継ぎの松姫が幼くして死去した瞬間です。

松姫はあっけなく亡くなりました

(『大奥』5巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

新たに世継ぎを設けるため寝所には代わる代わる男達が侍るようになり、同時に綱吉は政からも徐々に遠ざけられ、「世継ぎを生むだけ」の存在となっていきます。

ちなみに、綱吉に子ができないことを悩む父・桂昌院の進言によって生まれたのが、世に名高い悪法といわれる生類憐れみの令です(有功編での出来事が伏線になっているとは!)。

そして、綱吉は少しずつ、少しずつ精神のバランスを崩していきます。

時には二人の男を同時に寝所に呼び、事が終わった後、二人に目の前でむつみ合えと命じたり……。

千恵と同じく、綱吉も女将軍ならではの苦しみを抱えています

(『大奥』5巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そんな綱吉に、桂昌院は「高貴な女性は子を産むことだけ考えていればいい。早く私に孫を見せておくれ」と微笑みかけます。

父として、娘を気遣う優しい姿ーーですが……

(『大奥』5巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

一瞬息をのんだ後、綱吉の悲しい笑い声が響き渡ります。

父のことを、「もはやずっと正気であられたか!」と。

そう、桂昌院は年若い頃から大奥入りし、女性の体のことなど何も知らなかったのです。

(『大奥』5巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

大きな衝撃を受けたのは私だけではないはず。

あまりにも若くいつまでも愛くるしい容姿であるがゆえ、まさか綱吉が閉経しているなんて思いませんでしたよね。

そんな綱吉に周囲はずっと「子を産め」とプレッシャーをかけ続けていたわけですから、いたたまれませんね……。

2-6 斬首の寸前、自身の人生を振り返る青沼(単行本10巻)

大御所となった吉宗は密かに田沼意次を呼び寄せ、赤面疱瘡撲滅のための研究を行うことを命じました。

そして時は流れ10代家治の時代、側用人となった意次は、大奥の中で内密に赤面疱瘡の研究を進める手はずを整えます。

蘭学を忌み嫌う幕閣の多いなか、大奥は絶好の隠れ蓑となります

(『大奥』8巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

大奥で蘭学を教えるために選ばれたのは、長崎で医師兼通詞(通訳)をしていた青沼(吾作)でした。

金髪碧眼の青沼(吾作)に対し、大奥の面々の態度は冷たいものでした

(『大奥』8巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

最初こそ大奥の誰も蘭学講義に興味を示しませんでしたが、御台所である五十宮が関心をもったことで、徐々に人が集まるように。

同時に赤面疱瘡の研究も進み、やがて青沼たちは平賀源内の助言から人痘(今で言うワクチン)にたどり着きます。

軽症の赤面疱瘡の患者の発疹を種として、それを針でつけた傷に接種する方法です

(『大奥』10巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そして人痘は見事成功。

大奥内にとどまらず、少しずつ武家の子息たちにも接種が行われます。

しかし、恐れていた副反応による死亡事故が、よりにもよって反田沼派である松平定信の身内で起こりーー。

意次を重用した家治が病に倒れたことにくわえ、相次ぐ天災は意次の失政のせいだとされ、ついに意次は失脚。

そして、「大奥に怪しげな蘭学を広め、風紀秩序を乱した罪」で、青沼にも死罪が言い渡されました。

死の間際、青沼は己の人生を振り返ります。

青沼はオランダ人と遊女の混血児として生まれ、幼い頃から辛い目にあってきました。

そんな青沼に母は「大人になったらもっと辛い目に遭うはずだ」と言い、青沼は「自分はまともな一生は送れないのだ」と幼いながらに悟ったのです。

しかし。

死の直前に思い出すのは、大奥で蘭学を学んだ賑やかな日々、そして敬愛する意次の姿と「ありがとう」という言葉

(『大奥』10巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

青沼の人生は、彼の予想に反し、とても充実したものでした。

青沼は「死罪が自分だけでよかった、人痘接種の方法だけは伝えられる」と喜び、ともに蘭学を学んだ大奥の男衆に「皆さんがいなければここまでこれなかった、本当にありがとうございました」と言い残し、刑を受けました。

彼は死罪になったものの、その人生に満足していたのです。

恋を知らず、女性も知らず、理不尽のなかで命を落としてもその意思はどこまでも清々しいーーそんな青沼の死に、胸がとても痛くなりました。

2-7 憎しみと悲しみに割かれた夫婦が最後の最後になし得た和解(単行本12巻)

11代将軍家斉は、3代家光(真)以来となる男子の将軍です。

家斉は母である治済によって密かに人痘の接種を受けており、赤面疱瘡になる心配はありません。

左にいるのが実母の治済です

(『大奥』11巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

彼は実権を母に握られたままひたすら大奥で子作りに励みますが、生来気弱で優しい性格であるがゆえに、御台所である茂姫との関係は良好でした。

とても仲睦まじい夫婦です

(『大奥』11巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

茂姫も聡明な人格者で、大奥の女達は茂姫を頂点に諍うことなく過ごしていたのです。

しかし、茂姫との間の子、敦之助が死去。

犯人は家斉の母である治済でした。

茂姫は息子を失った悲しみで正気を失ったフリをし、復讐のチャンス待ちます。

それは、必然的に愛する夫である家斉をも騙すことに。

茂姫がようやっと本懐を遂げたときーーそれは、家斉との決別のときでもありました。

長年欺かれ続け、さらに自分の母を殺害しようとした妻に対し、家斉が男女の愛情を持つことはなくりました

(『大奥』12巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

後に母・治済を失った家斉は将軍として強権を発揮し、かなり強引に人痘を広く世に広めます。

晩年、家斉は何十年かぶりに茂姫と二人きりになりました。

死期を悟った家斉は、つい近年まで日本に男子が少なかったという事実を隠すため、赤面疱瘡に関する記録を残さぬよう命じます。

女食に溺れ無能な将軍として一生を終える、それでいいと。

そんな家斉に、茂姫はまだ仲睦まじかった頃に家斉に言ったことを繰り返します。

「私申しましたの。『上様はきっと良い公方様におなりあそばします』と。私の申し上げた通りになりましたでしょう?」

『大奥』随一の悲しく美しい夫婦愛です

(『大奥』12巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

こうして家斉の死の直前、二人は何十年もの時を経てやっと和解し、その絆を取り戻したのです。

2-8 愛し合う二人が共有したもっとも幸せな時間(単行本15巻)

凜とした

美しい女性です

(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

12代家定は幼少期から父である家慶の偏愛と性的虐待を受け、成長してからは家慶の歪んだ愛情ゆえに二人の夫を亡くしています。

気難しく見える家定ですが、その心根は優しく、二度と同じ事を繰り返さぬよう三人目の夫は不要と貫き通していました。

そんな家定に腹心の部下である阿部正弘が用意したのが、島津胤篤ーーのちの天璋院篤姫です。

公家風の雅で整った容姿は、瀧山に伝説の人物であるお万の方を思い起こさせます

(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

胤篤の真の目的は次期将軍に一橋慶喜を推すことでしたが、家定は早々にそれを見破ります。

しかし、胤篤は聡明な家定の人柄に触れ、真摯に彼女に仕え、家定もまた少しずつ胤篤に心を開いていくのです。

二人で吹上の庭を散歩したり乗馬を楽しみ、病弱だった家定の体も丈夫になっていきました

(『大奥』14巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そして、ついに二人は心から結ばれます。

長く不遇の身であった家定は、ついに自分の幸せを見つけたのです

(『大奥』15巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

しかし、この直後に家定は胤篤の子を身に宿したまま病死。

胤篤にそのことが正式に知らされたのは、死から2か月近く経ってからでした。

幸せの絶頂とその直後の絶望的な悲しみは、相反するものだからこそ互いを引き立たせます。

まさに、辛く切ない名シーンですね。

胤篤のお万好みの流水紋がよく映えるシーンです

(『大奥』15巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

2-9 母の愛に飢える和宮がそれを諦めた瞬間(単行本17巻)

14代家茂の御台所である和宮は、男装をしていますが本当は女性で、名を親子といいます。

本物の和宮の姉にあたる人物で、生まれたときから左手首の先が欠損しているため、母の意向によってその存在はないものとして密かに育てられました。

母は和宮の出産後、親子にまったく会いに来なくなりました

(『大奥』16巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

長じて後、弟である和宮に徳川家降嫁の話が持ちあがったとき、和宮はこれを強く拒否。

母の愛に飢えていた親子は、和宮との『とりかえばや』を提案します。

本物の和宮は密かに出家します。すべては母の愛を独り占めしたいがためでした

(『大奥』16巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

親子は条件として母である観行院に自分についてくることを願い出、和宮を溺愛している観行院はそれを受け入れて親子とともに男装をして大奥入りしますが……。

和宮恋しさで観行院は徐々に体調を崩していきます。

そして、「和宮さんに会いたい」「和宮さんは甘えたがりで寂しがり屋、母に会いたいと言って泣いているはず」と親子に訴えます。

親子の言葉は観行院に届きません

(『大奥』17巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そしてついに、親子は観行院を京に帰すことを決意するのです。

「お母さんが私より和宮さんを可愛いと思っているのはわかっている」と。

長年飢えていた母の愛を、ついに諦めた瞬間でした

(『大奥』17巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

子供はなにがあっても母親の愛を求めて手を伸ばすものですが、その手を振り払われた悲しみはどうすればいいのでしょう……?

切なさと悲しみと同時に、やりきれない憤りのようなものを感じたシーンでした。

2-10 胸を掻きむしりながら親子の名を呼び旅立った家茂

家茂は親子が和宮の偽物であると知ってからも彼女を御台所として遇し、二人は姉妹のように少しずつ絆を深めていきました。

親子が母・観行院を京に帰したときも、「結局何も手に入らず前より独りぼっちになってしまった」と涙を流す親子に家茂は優しく接します。

家茂は聡明で優しく、懐の深い人格者なのです

(『大奥』17巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

この頃、日本国内の情勢は大きく揺れ動いていました。

攘夷派と開国派の軋轢、薩長の不穏な動き、そして後継者問題。

度重なる上洛に、家茂の体は少しずつ病に蝕まれていきます。

坂道を転がり落ちるように終焉へと向かう幕府の動きを止めることができないのと同様、家茂の病状はどんどん悪化し、若干20歳の若さで命を落としてしまうのです……。

悲嘆に暮れる和宮のもとに、家茂の最後を看取ったお志摩がやってきます。

お志摩は最初、家茂は静かに苦しむこと無く息を引き取ったと話しますが、しかし我慢できず、あふれる涙とともに家茂の本当の最期を親子に語りました。

江戸を遠く離れた地での志半ばの死ーー心臓の痛みに胸を掻きむしり涙を流し、それはとても壮絶なものでした。

家茂の最期の言葉は、和宮の真の名前である「親子」でした

(『大奥』18巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

親子は家茂が「江戸に戻ったら親子と一緒に着る」と言って買い求めた着物を抱きしめ、「着物だけ届いてもちっとも嬉しくない!」と涙を流すのです。

叶うことの無かった夢

(『大奥』18巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

3、胸がスカッとした・グッときた!心に突き刺さった名シーン3選

ここではライターの心にズバっと突き刺さったシーンを3つご紹介。

スカッとしたりグッときたり、とにかく印象の強いシーンを集めました!

3-1 女将軍・家光誕生!(単行本3巻)

3代家光の時代に千恵のために新しく作られた大奥ですが、当時はあくまでも赤面疱瘡の流行が収まるまでの仮の措置でした。

しかし、赤面疱瘡の流行は収まることはなく、ついには諸大名すらもお家断絶が危ぶまれるように。

さらに続く飢饉に「もはやこの国は滅びるのか」と幕閣達も頭を抱え、家光公の乳母である春日局も今際の際にそれを予言します。

千恵自身も、国とともに滅びる覚悟を見せます

(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

しかし。

そこに一つの希望の光が差し込みます。

幕閣の決心により、それまでずっと日陰の身だった千恵がついに女将軍としてその姿を公に現したのです。

それまでずっと異性装をしていた千恵が、将軍として女性の装束で姿を見せます

(『大奥』3巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

こうして徳川家は、女将軍を頂点とする新しい組織として生まれ変わったというわけですね。

「もうダメだ」「この国は滅びる」という絶望感に加え、これまで幕閣たちを引っ張ってきた春日局の死去。

立て続けに起こる幕府の危機ですが、それを切っ掛けとしてーーむしろ効果的な演出にして、新しく力強い女将軍が堂々と君臨する姿……いやぁ、グッときますね!

というわけで、心に突き刺さったシーンの一つに選ばせていただきました!

3-2 父親の呪縛からの解放!重荷がスルリと外れる瞬間(単行本6巻)

5代将軍綱吉は、今風に言うなら重度のファザコン。

たとえ自分の腹心と関係を持たれても、女性の生理を理解せず世継ぎに関して重度のプレッシャーを与えられても、生類憐れみの令という悪法を制定させられても、ただ一人幼いころから自分を愛し続けてくれた父親・桂昌院を見放すことができません。

一人娘も亡くし、綱吉にとって肉親と呼べるのは父である桂昌院だけです

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

それは次代の将軍選定においても同じで、幕閣は紀州綱豊を推しますが、桂昌院が綱教を推すために綱吉は跡継ぎをいつまでも決められないままでした。

しかし、長く密かに恋した相手・衛門佐と通じ合えたことで、綱吉はついに世継ぎを綱豊に決めます。

女将軍と切っても切れない現実を、衛門佐が断ち切ります

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

それは長く縛られて続けた父親の呪縛からの解放の瞬間でした。

世継ぎを綱豊にすると聞き激高する桂昌院を振り切る綱吉

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

重く引きずるお掻取がスルリと脱げたとき、綱吉は一人の女性として自由を手にしたのです。

『大奥』では何組かの親子が描かれますが、綱吉・桂昌院親子の関係性はストーリー上かなり色濃く描かれていて、だからこそこのシーンはとても印象深いですね!(直後の衛門佐の死も含め)

3-3 お万の再来!男衆に檄を飛ばす瀧山(単行本13巻)

赤面疱瘡を抑えこむことに成功し、11代・12代と男子の将軍が続いた徳川家。

13代家定は久しぶりの女将軍でした。

ただし、それは幕府の財政が逼迫しているが故の苦渋の選択。

11代家斉は55人、12代家慶は27人もの子をもうけましたが、養子に出すのにも嫁がせるのにも莫大な費用がかかります。

男将軍が続けば幕政が破綻するのは必定。

そこで次代として選ばれたのが12代家慶の子女のなかでもっとも年長の女子である祥子、後の家定なのです。

久しぶりの女将軍ということで、家定のための大奥を作るのに、新たに男達が集められます。

しかし、時代は変わり「男=ただの種」と言われたのはもはや遠い昔。

今さら女主君に仕えることに不満を抱える男達もけして少なくはなく、すでに2人の御台所を失っている家定のことを「縁起の悪い女」とまで言う者も。

女将軍が当たり前の時代であれば、こんな言い草は考えられないことです

(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そもそもこの時代に大奥入りする男の多くは、名家の出であっても家督を継げる見込みがなかったり不出来であったりして、大奥は行き場のない男達のふきだまりのようなものとなっていました。

そうした事情もあり、男達は余計に女将軍に仕える自分たちの立場を蔑み、卑屈になり、そして恥じているのです。

そんな男達に大奥総取締である瀧山がピシャリと檄を飛ばすのがまさに名シーン!

(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

自らが元は陰間であったことまで明かし、たとえもとはどんな身分や立場であろうと、徳川家に仕えている自分たちは表の幕閣達と変わらないと男たちを諭します。

男衆はこのときの瀧山にすっかり魅了され、「お万の方様の再来」と讃えるのです。

このとき瀧山が身につけていたのが「お万好みの流水紋」の裃

(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

いやぁ、瀧山、かっこいいですよね……。

ライター個人的には、『大奥』で一番かっこいい男だと思います!(自分のことを「長袴の取りまわしくらいしか能がない」とか言っちゃうところも好きです笑)

↓おまけ

あんな動きにくい衣装を鮮やかに取りまわす姿、実際に見てみたい!

(『大奥』18巻 よしながふみ/白泉社 より引用)



4、思わずゾッとした!人間の恐ろしさを垣間見た名シーン4選

続いては、ライターが思わずゾッとしてしまった名シーンです。

よしなが先生の特徴でもある線が細くて美麗な絵のなかに、時折挟まれるゾクッとするような表情……。

物語をよりいっそうドラマティックに彩る要素と言ってもいいでしょう!

4-1 底知れぬ強かさ!大の男をやんわりといなしながらの冷淡な表情(単行本1巻)

8代吉宗には右腕ともいえる信頼する部下・加納久通がいました。

紀州時代から吉宗によく仕え、吉宗が将軍に就任してからは将軍と老中たちの間を取り次ぐ御用取次という役職につきます。

ほんわかした柔和な女性です

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

御用取次は大奥との取り次ぎも行うのですが、なかなか大奥を訪れない吉宗にイライラした大奥総取締の藤浪に八つ当たりされることもしばしば。

そんなある日、吉宗は器量のいい男たちを庭に召し出して夜伽の相手を選ぶという大奥ならではの儀式、『お庭お目見え』を命じます。

男達は揃いも揃って黒の裃。質素倹約を旨とする吉宗はた喜びますが……

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

大張り切りする藤浪でしたが、吉宗は集まった男達を一斉にリストラ

わざわざ見目麗しい若い男達だけを集めたのは、江戸城を去っても婿入りなどの展望があるからです。

怒った藤浪は久通を詰めるのですが……。

これは男衆50人と藤浪の留任をかけた取引だったのです……

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

ふんわり柔和な久通からは想像もできない酷薄な表情に、思わずゾッとしたのでした。

実際、久通はかなりのやり手で、このシーンはそれが垣間見えたほんの一瞬。

実はもっともっと残酷かつ残忍な手口で暗躍していて……1巻でのこのシーンはその伏線のようなものだったのだと今さら納得するライターなのでした。

4-2 常人には理解できない?歪んだ愛情ゆえの犯行(単行本6巻)

5代綱吉の晩年は穏やかではありましたが、生類憐れみの令や度重なる貨幣の改鋳、富士山の噴火などで、民は綱吉への怒りを募らせていました。

そんなか綱吉は麻疹に倒れ、老体もあり、病状は悪化の一途をたどりました。

深夜、綱吉のもとに御台所の信平が現れます。

なんと、綱吉は信平だとすぐには気づきません

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

信平は長年痛風を患っていて、二人は何十年も顔を合わせていませんでした。

綱吉への愛と憎しみを胸に抱きながら、信平はずっと二人きりになれる機会を待っていたのです。

しかし。

音もなく表われるのが怖いです

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

突如表われたのは、幼い頃から綱吉に仕え、まるで姉妹のように育った腹心の部下である柳沢吉保。

信平をなだめ、綱吉もこれで助かったかと思いましたがーー

ただひたすら綱吉のために身を捧げてきた吉保の真の心とは……

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

こうして吉保は、密かに胸に抱えていた想いを成就させたのです。

死の淵に立ったとき、綱吉の脳裏には幼い頃に吉保に言われ、そして大奥で大勢の男達に言われた言葉がよみがえります。

「みなが上様に恋をしているのです」

それは綱吉にとって、呪いのようなものだったのかもしれません……。

吉保はこれで幸せだったのでしょうか……

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

4-3 まさかの黒幕!それぞれが抱える正義が歪んで見えた瞬間(単行本7巻)

7代家継の時代、まだ幼い将軍は病気がちで、次代の将軍を誰にするかで幕府と大奥は二つにわれていました。

将軍の父である月光院が推すのは尾張の継友、そして6代家宣の正室であった天永院が推すのは紀州吉宗です。

家宣存命時、一度だけ月光院(左京)と天永院(國煕)、そして家宣が一堂に会したことがあります

(『大奥』6巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そして、江島生島事件を切っ掛けにこの騒動は大きく動きます。

『大奥』では江島生島事件は吉宗を推す一派による陰謀として描かれており、月光院派である江島が死罪を言い渡されるのですが……。

衝撃とともに、すべてを悟った月光院

(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

このとき、月光院がいち早く助けを求めたのが天永院。

江島を救うため、我が身を顧みずに天永院に頭を下げたのです。

江島の命を救うかわりに、天永院が推す吉宗を次期将軍にすべしと幕閣に申し出ることを約束します

(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

江島生島事件を謀ったのが、天永院であると気づきながらーー。

天永院曰く、「月光院も江島も、大奥で生きるには心が清しすぎた」とのこと

(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

天永院も、けして悪人というわけではありません。

ただ、自分が愛した女性、6代家宣の幕政改革の意思を継いでくれるのは吉宗であると信じての行動でした。

無害なおじいさん(失礼!)と思ってた人が、まさかこんな陰謀に手を染めていたとは……。

思わずゾッとした1シーンでした。

ちなみに、この陰謀には久通も関わっています。

まさか久通も噛んでいるとは

(『大奥』7巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

それも含めて、後味がちょっと悪い、背筋の寒くなるエピソードなのです。

4-4 まさにサイコパス!己の息子を手にかけようと決めた瞬間(単行本12巻)

11代家斉は母治済の暗躍によって赤面疱瘡とは無縁の健康体の体を手に入れ、ついには将軍となりました。

当時、幕閣達は治済が将軍に就くと思っていたのですが、治済は「自分が将軍になるならまた子供を産まなければいけない」「健康な男子が将軍になればなんの問題もない」とそれを拒否

しかし、実際は息子家斉を意のままに操り権力をほしいままにしたいがためでした。

家斉は母である治済に逆らえません

(『大奥』11巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

権力の頂点に立った治済は自分の欲の命ずるまま、好き放題振る舞います。

自分を大御所にしろと命じ、それを拒否した老中・松平定信を罷免したり、酒色の贅沢を思うままに楽しんだり。

なんの志もなくただ欲望だけで動くその動機は、退屈しのぎ。

治済はその昔、退屈を紛らわすためだけに実の母や姉すら手にかけている女なのです。

それは実の孫でも例外ではなく、治済は家斉の子供達も次々と殺害していきます。

実の孫を豚の子扱いするのもドン引きですが、その上で「むなしい」とは……

(『大奥』11巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そんな治済に隠れて、家斉は密かに人痘を復活せしめんと動き、江戸の市中で見事人痘を成功させます。

やがて、それが家斉の働きかけであると気づいた治済は、息子・家斉を「殺そう」と決めるのです。

息子への憎悪と怒りに顔が歪ませる治済

(『大奥』12巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

人痘が憎いわけではありません。

ただ、自分のあずかり知らぬところで家斉が勝手に赤面疱瘡撲滅に動いたこと、それが治済は気にくわなかったのです。

このときの治済の表情、まさにゾッとするものでした……。

治済の性格そのものも恐ろしいのですがーーおそらくこれがサイコパスというヤツーー、よしながふみ先生の描く絵そのものにこんなにゾッとしたのは初めてでした。

5、耐えきれず落涙!ライターが涙を抑えきれなかった名シーン3選

号泣シーンについては↓こちらの記事で紹介していますが、

男女逆転歴史SF『大奥』の魅力とは?ストーリーを華麗に彩る3つのポイントと号泣シーンを共有したい!

2021年4月28日

今回は号泣と言わずとも、思わず涙を流してしまったシーンの紹介です。

5-1 長い復讐を遂げて我が子が待つ場所へ召される瞬間(単行本12巻)

「2-7 憎しみと悲しみに割かれた夫婦が最後の最後になし得た和解(単行本12巻)」でもお話したとおり、11代将軍家斉の妻・茂姫は、愛する息子の仇を討つために長い間正気を失ったフリをしていました。

その協力者がもともと家斉の側室だったお志賀。

夫までも欺く迫真の演技(でもきっと100%演技というわけでもないんだろうなと思います)

(『大奥』12巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

お志賀もまた、治済によって娘を毒殺された女性です。(治済は茂姫とお志賀が互いの子を殺したかのように仕組みました)

彼女は茂姫と不仲を演じ、大奥総取締に就任して滝沢と名をあらため、治済に取り入ります。

それは密かに治済に毒を盛るためでしたが、当の治済は身体頑健、毒味役を命じられたお志賀は日に日にやつれていき……。

孫を間引くことに飽きた治済は美食に溺れます

(『大奥』12巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

復讐を遂げたまさにそのとき、お志賀もまた倒れてしまうのです。

こんなに悲しい死があるでしょうか……

(『大奥』12巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

涙ながらに詫びる茂姫に対し、お志賀はとても満足そうでした……。

多くの人がここで涙を流したのではないかと推測します。子を持つ母親であればなおさら。

さらに付け加えると、このあと結局家斉が助けを求めたため、治済の命そのものは助かったのですが……。

どこまでも優しい家斉は自分を殺そうとした母ですら見捨てられませんでした

(『大奥』12巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

このやや胸くそ悪い展開が、余計にお志賀の死を悲しくしています……。

5-2 阿部正弘が己の病の意味を悟った瞬間(単行本14巻)

阿部正弘は11代将軍家斉の時代、特別に許されて名門阿部家の当主となった女大名です。

彼女はまだ幼い家定に謁見し、家定の人の上に立つべき器量に触れ、心から仕える覚悟を決めます。

戦国時代、阿部正勝が家康の身代わりとなった件について礼を言われ、正弘は感極まります

(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

当時、家定は実の父である家慶から性的虐待を受けており、それを知った正弘はなんとか家定を救い出そうと奔走。

ついには家定のためだけの『奥』をつくり、その働きに応えんがため、家定も将軍となる決意を固めるのです。

家定だけの奥をつくるため、陰間の瀧山を身請けしました

正弘の献身によって家定は己の道を決めたのです

(『大奥』13巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

正弘と家定の絆は、ただの主従を超えた固く強いものでした。

正弘がずっと願っていたのは、徳川家の安寧以上に、家定の幸せだったのです。

しかし、そんな正弘もやがて病に倒れーー。

己を死を悟った正弘は、「早すぎる」と涙を流す瀧山に対し「私だって悔しい」と漏らします

(『大奥』14巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

家定に重用されて老中首座に就き、その手腕を発揮してきた正弘は、自分が想像もしていなかった事態に涙を流します。

正弘の無念と心残りは、病弱な家定の幸せを見届けられないこと。

家定はそんな正弘を大奥に呼び出し、快活に乗馬をしてみせます。

胤篤のおかげですっかり丈夫になった家定の様子を見て、正弘はなぜ自分が病に倒れたかを悟ったのです。

「私はきっと、上様のかわりにすべての病と業を背負って逝くためにこの世に生まれてきたのですね」

(『大奥』14巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

死は誰だって怖い。

志なかばの死であれば、悔いばかりが残るでしょう。

しかし正弘は、自分の死に意味を見出すことで心安らかに逝くことができたのです。

ただ……これ、言われた側の家定としてはたまったものじゃないですよね。

だって、じゃあ家定が虚弱に戻れば正弘は治るのかというとそういうわけじゃないんだし。(当然、家定は正弘がいなくなってからブチ切れます)

でも、それを正弘に正面切ってぶつけることもできない。

正弘の健気さと家定のやり場のない怒り……その両方を感じて涙がにじみ出たシーンなのでした。

5-3 和宮が大奥で真の姿を現わした瞬間(単行本19巻)

15代慶喜の時代、大政奉還と王政復古の大号令……江戸幕府は終焉のときを迎えていました。

西郷隆盛と勝海舟の談判は(和宮の働きかけによって)江戸城の無血開城にまとまり、江戸城を明け渡す準備が着々と進んでいきます。

大奥で過ごす時間も残りわずかとなり、天璋院は大奥に残ったわずかな男衆ーーお目見え以下の御半下までーーに直々に礼を述べるのです。

天璋院は勝海舟とともに、実質徳川最後の将軍と老中として奔走しました

(『大奥』19巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

そして、大奥最後の花見が催されることになりました。

吹上の庭の美しい景色を土産に大奥を去ってほしいーー天璋院の願い通り、見事な花見の宴となりました。

そこに、和宮が本来の姿で現れます。

その姿はまばゆいほど美しく、瀧山は「大奥に上様が戻られたよう」と賞賛します

(『大奥』19巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

総触れになかなか表われなかったこと、座所を几帳で囲っていたこと、仕立てた羽織の身幅の狭さーー男衆はすべてを悟ります。(ほとんどは和宮側のわがままでしたが)

和宮は亡き家茂に代って「今までまこと世話になりました」と礼を述べます

(『大奥』19巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

しかし、この衝撃の事実を世に広めるものなど誰もいないのです。

まさかここで、単行本1巻の1P目が伏線となって回収されるとは!

(『大奥』1巻 よしながふみ/白泉社 より引用)

和宮の美しさや亡き家茂への語りかけ、そして『大奥』読者ならば必ず知っている大奥法度。

すべてが相まって、今まさに大奥も『大奥』(作品)も終わろうとしているのだと感じ、しみじみと涙がにじみ出たのです……。

6、まとめ

というわけでまとめてみました……! 『大奥』名シーン20選……!

私自身、書きながら何度も涙を流し、それはもう大変でした! ホントに!(切実)

同時に、あらためて『大奥』は名作だなぁと感じた次第です。

 

今回記事を書いていて、『大奥』にはさまざまな人間関係が描かれていますが、とりわけ親子関係が多く、描写も深いことに気づきました。

徳川家の歴史を描いていること、男の子の致死率が高い赤面疱瘡という病が蔓延した世界であることを考えると、さまざまな親子関係にスポットが当たるのも納得ですが、悲しいのは『円満な親子関係』がとても少ないこと。(黒木家などの例外はありますが)

人が生きていく上で、親と子の関係はなにがしかの形でついてまわるもの。

『大奥』のストーリーが読者の心を引きつけて離さないのは、『人の営みにおいて欠かせないもの』が切なく描かれているからなんだと思いました。

だからこそ、『大奥』は面白い。

『大奥』の物語はエンディングを迎えましたが、私は今後もいろんな人に『大奥』の面白さ、名シーンの素晴らしさを伝えていきたいと思います!

 

ayame



 







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ABOUTこの記事をかいた人

元研究職、現在は飼い猫を溺愛する主婦兼フリーライター。小さいころから漫画が好きで、実験の合間にも漫画を読むほど。 ジャンルを問わずなんでも読むけど、時代もの・歴史ものがとくに大好物。 篠原千絵先生大好きです!好きなタイプは『はじめの一歩』のヴォルグさんと『はいからさんが通る』の編集長。