こんにちは!東京都在住、新規感染者のニュースにいちいち脅えるマンガフルライター、中山今(2021/07現在)です。
毎週日曜連載の漫画感想、本日は『Final Phase』の感想を書きたいと思いますー!
このレビューでは作品を以下の3つの項目でご紹介していきます。
- 簡単なあらすじ
- レビュー
- 『Final Phase』が持つ「災害ユートピア」の概念を、拡大版『リウーを待ちながら』と比較で見る
日曜の昼下がり、漫画レビューをお楽しみください。
目次
1、『Final Phase』のあらすじ。まるごと振興住宅地の湾岸エリアがパンデミックに襲われる!医療系サスペンスはアツい女医とクールな研究者のバディ
著者 | 朱戸アオ |
出版社 | PHP研究所 |
掲載雑誌 | フューチャーサイエンスシリーズ(科学誌) |
掲載期間 | 2011/4/25~2011/9/23 |
単行本巻数 | 既刊1巻 |
ジャンル | パンデミック医療サスペンスSF |
海に浮かぶ埋立地の新興住宅地区、「潮浦」。高層マンションにファミリー層が住む平和な住宅地です。
しかしある時から急患で呼吸困難患者が運び込まれるようになります。
同じような症状の患者たちは次々と「自分の体液でおぼれて」死んでいきます。
呼吸器をつけながらも「溺れる」と苦痛を訴える患者
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
潮浦総合病院の勤務医・鈴鳴(すずなり)は、国立疫病研究所の若き疫学者・羽貫(はぬき)、該当症状で亡くなった男性の子ども・潤と共にエピデミックに立ち向かいます。
羽貫(左)と鈴鳴(右)のバディは、パンデミックとどう対決するのか
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
2、『Final Phase』レビュー!疫病に立ち向かう若き医者と、突然変異して襲い来るウイルスとの迫真の戦い!科学ムック掲載の説得力をまとうエンターテインメント
まず、科学ムックに掲載されていた科学知識への信頼が厚いです。
『Final Phase』はPHP研究所発行の「フューチャーサイエンスシリーズ」に掲載されていた漫画です。
「フューチャーサイエンスシリーズ」は一般読者向けの科学系ムックというイメージです。
この号は医療系特集。
まだノーベル賞受賞前のIPS細胞(2011年8月発行)などの研究内容を研究者提供の画像入りで丁寧に解説されています。
医療従事者向けではないものの、文字数多めのIPS細胞の紹介
知ってる知らないが生死を分ける最新医療技術(フューチャーサイエンスシリーズVOL.6) PHP研究所より引用
この内容なら医療知識へも抜かりはないだろう、という安心感があります。
半面、「フューチャーサイエンスシリーズ」は科学テーマの漫画を3作(ほぼ雑誌の半分)載せているエンタメ冊子でもあります。
『Final Phase』はまさに科学誌掲載の信頼感とエンタメとしての完成度を両立した漫画だと思います。
まずスピード感ある医療サスペンス。
潮浦地区の総合病院勤務医・鈴鳴は、午前中にカゼのような印象の患者を診ます。
同日の午後にも次々運び込まれる患者。8人中4人がその日中に死亡という異常事態に危機感があおられます。
緊急事態と一目でわかる状況・・・!
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
また、敵(ウイルス)の脅威も甚大です。
敵自体は見えませんが、味方はマスク、防護服、隔離とどんどん防衛色が強くなり、ウイルスの脅威を際立たせます。
またファミリー層が多く暮らす場所が舞台なだけあり、死によって引き裂かれる家族たちに胸が締め付けられます。
パンデミックの舞台は保育園も近く・・・物言わぬ命の無い子を見つめる母
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
そして敵に対して、対抗する鈴鳴と羽貫のアツさ×ドライな凸凹バディも見どころ。
鈴鳴は熱き臨床医で目の前の問題にぶつかるタイプ。
対して羽貫は研究者タイプ。数字・確率・顕微鏡を武器にひょうひょうとエピデミックに対応します。
アツい鈴鳴はマイペースな羽貫にイライラを隠せませんが、その実コンビネーションはバッチリ。
得意分野を補い合い、背中を任せてウイルスに立ち向かうバディ感のアツさに燃えます!
男女バディ!性格は正反対ながらもお互いをリスペクトし、背中を預け合う間柄
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
1巻完結と読みやすくまとまっている『Final Phase』。スピーディーなサスペンス進行とエモーショナルな結末がエンタメとしても高得点な漫画です。
しかし、ライターが一番推したいのは『Final Phase』に登場する「災害ユートピア」という概念です。
その理由を解説するため、『リウーを待ちながら』(全3巻)という別な漫画と比較したいと思います。
実は『リウーを待ちながら』は『Final Phase』の拡大版。
ストーリーが似た2作品を比較することで、『Final Phase』の「災害ユートピア」の特殊性と面白さを解説したいと思います。
3、『Final Phase』の拡大版、『リウーを待ちながら』と比較することで際立つ「災害時の束の間のユートピア」
著者 | 朱戸アオ |
出版社 | 講談社 |
掲載雑誌 | イブニング |
掲載期間 | 2017年20号、22号~24号、2018年2号~4号 |
単行本巻数 | 全3巻 |
ジャンル | パンデミック医療サスペンスSF |
『リウーを待ちながら』は、『Final Phase』の拡大版として制作されたパンデミック漫画です。
主人公の名前など一部に変更はありますが、基本的なストーリーは『Final Phase』とほぼ同じです。
では何が違うかと言えば
- 規模感
- パンデミックにさらされた人々の気持ちの違い
です。
『Final Phase』の舞台は橋を封鎖すれば独立する小さなエリア。東京湾沿いの湾岸地帯です。
『Final Phase』の舞台。
非常に小さく、そして封鎖もしやすい湾岸エリア
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
一方『リウーを待ちながら』では静岡県にある架空の都市。人口も広さも『Final Phase』より巨大、陸路封鎖にも困難が付きまといます。
『リウーを待ちながら』の舞台。
静岡県という設定の「横走」という架空の都市が舞台。陸路の封鎖はかなり難しい
『リウーを待ちながら』1巻 朱戸アオ/講談社より引用
『リウーを待ちながら』では人と人がいがみ合い、都市封鎖のルールを破って脱走しようとするような描写が続きます。
『リウーを待ちながら』より。パンデミックの混乱で荒み、暴力が忍び寄る日常
『リウーを待ちながら』2巻 朱戸アオ/講談社より引用
『リウーを待ちながら』より。
パンデミックにより封鎖された横走市を脱走することに「脱走(だつばしり)」というミームがつく。ぎすぎすした世界
『リウーを待ちながら』2巻 朱戸アオ/講談社より引用
『リウーを待ちながら』の人々の反応は、パンデミックもの、またゾンビものなどのパニック映画にもみられる反応です。
しかし、『Final Phase』では、「災害ユートピア」という状況にあることが示されます。
『Final Phase』より。羽貫が「災害ユートピア」について語る
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
災害ユートピアとは、
「災害に見舞われたコミュニティの多くの人々が他人のために行動し支え合い束の間のユートピアを作る」という現象のことです。
災害ユートピア(A PARADISE BUILT IN HELL)は、アメリカの作家レベッカ・ソルニットが提唱した概念です。
その著書、『定本 災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』から解説文を引用します。
地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になる。自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す。大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象がおきて野蛮になるという一般的なイメージがあるが、それは真実とは程遠い。
『定本 災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』P9~10 レベッカ・ソルニット 高月園子=訳 亜紀書房より引用
『Final Phase』では湾岸地帯が封鎖され、毎日何人もの住民が死んでいく大災害状態に陥っています。
しかしながら、医療従事者、そして父を亡くした少年が手を携えて感染源を模索します。
また住民たちとの確執や所在組織とのいがみ合いもない協力体制が築かれます。
地獄の中にありながら、普段は関わらない者同士の助け合いが生まれます。
『Final Phase』より。最悪の状況下で隔離された人とボランティアに、不思議にあたたかな会話が流れる
『Final Phase』 朱戸アオ/PHP研究所より引用
『リウーを待ちながら』のように、人と人が争うことはありません。
狭い地域で人がドンドン死んでいくのは間違いなく地獄です。
しかし感覚がおかしくなりそうですが、そこは偽りなくやりがいと幸福感にも満ちているのです。
「地獄の中に構築されたパラダイス」をも描くエピデミック漫画。それが『Final Phase』です。
4、まとめ。パンデミック時、人は助け合うのか。いがみ合うのか。漫画のパターン違いが面白かった
今回は『Final Phase』の「災害ユートピア」の特殊性を、拡大版『リウーを待ちながら』と比較して解説しました。
『リウーを待ちながら』は既存のパニックものとしての期待に十分応えてくれるパンデミック漫画。
『Final Phase』は災害ユートピアの概念を取り込んだ、妙な幸福感のあるパンデミック漫画です。
この現実のパンデミック下、多くの人は『リウーを待ちながら』のように分断にさらされていると思います。
でも、ひょっとしたらどこかで『Final Phase』の災害ユートピアの状態の人々もいるのかもしれませんね。
もちろん双方創作のことですから、一概に現実と比較するわけにはいきません。
それでも、ちょっとだけ浪漫があるなあと思ったりします。
『リウーを待ちながら』より。
去年マスク売り切れたしコロナいじめあったもんなア~~~。。。
『リウーを待ちながら』2巻 朱戸アオ/講談社より引用
それでは今週もありがとうございました!
来週は『100日後に死ぬワニ』のレビューをしたいと思います!
いろんな話題が多くて、多すぎて、作品としてのレビューをほぼ聞かない「100ワニ」。
ちゃんと漫画として読んでみよう!という記事にする予定です。
ライターはリアルタイムでTwitter読みしてたんですけど、好きですよ結構。
↓前回のレビュー記事はこちら↓
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