みなさんこんにちは!ほんのり歴女なマンガフルライターayameです。
今回も始まりました、名作『あさきゆめみし』キャラ解説。
第24回目は、源氏の二人目の正室・女三の宮です!
ご存知、源氏の一人目の正室といえば左大臣家のお姫様・葵の上。
源氏とは夫婦仲があまりうまくいかず、息子・夕霧の誕生を機に溝が埋まりかけたものの、六条の御息所の生き霊に取り殺されてしまいました……。
その後、源氏の正妻の座は永く空いたまま。
「あれ?源氏の奥さんといえば紫の上でしょ?」と思った方もいるかもしれませんが、源氏最愛の紫の上は立派な後ろ盾を持っていなかったため、その結婚は正式なものではなかったのです。(格こそ正妻に近いものでしたが、実際には大勢いる妻のひとりという扱い)
というわけで、源氏にとって二人目となる正妻が今回紹介する女三の宮。
「宮」という呼び名からわかるとおり、彼女は皇女です。
貴き血筋の幼い姫君の降嫁が、源氏の晩年に何を引き起こしたのかーー詳しく解説します!
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目次
1、『源氏物語』における女三の宮
時は源氏が准太上天皇の位に昇ったころーー。
女三の宮は源氏の兄にあたる朱雀院の3番目のお姫様。
幼い頃に母親を亡くしたため、朱雀院はとりわけ彼女を猫可愛がりしました。
しかし、朱雀院はしばらく前から病を患っており、ついには出家を考えるまでに。
思い切れない理由が、可愛い可愛い女三の宮です。
自分が世を捨ててしまうと、まだまだ幼い三の宮(だいたい14歳くらい)は後ろ盾もないままひとりぼっち……。
皇女に見合う位のしっかりした男性と結婚させて面倒を見てもらうのが一番だということで、白羽の矢が立ったのが位人臣を極めた源氏です(ちょうど40歳)。
源氏は迷いつつも、内親王を妻にするという臣下にとってこの上ない栄誉に目がくらみます(源氏の妻は多くが中流なため)。
なにより、女三の宮は源氏の永遠の初恋相手である亡き藤壺の宮の姪。
いまだ藤壺の宮の面影を追い求め続けている源氏は、ついに結婚を承諾するのです。
そうしていざ源氏邸である六条院に迎えた女三の宮は、とても可愛らしくはあるものの期待に反して歳よりあまりにも幼く、藤壺の宮の面影は皆無。
従順でおとなしやか。この時代の女性としてはすべて美点ですが……
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
源氏は失望しますが、朱雀院の手前、皇女である女三の宮を正妻として大切に扱います。
しかし、女三の宮の幼さはいつまで経っても変わらず……。
自分はもちろん周りにも頓着しないため、ある日、うっかり柏木の衛門督(えもんのかみ)にその姿を垣間見られてしまうのです。
かねてから妻には内親王を望んでおり、三の宮降嫁前は「我こそは!」と強く希望していた柏木。
三の宮の美しい姿を目の当たりにした柏木の想いは再燃、ついには無理矢理彼女と通じてしまうのです。
三の宮は柏木を拒みきれず(かといって受け入れるわけでもなく)、やがて妊娠。
柏木の子だと考えられる薫を産みます。(作中で柏木の子だと断定されてはいません)
もちろん、このような事態に源氏が気づかぬはずはありません。
三の宮は源氏の怒りやさまざまな煩わしさを厭い、出家してしまいます。
(でも、実はこの出家騒動、密かに三の宮にとりついていた六条の御息所の仕業なんです)
産後の体調不良や罪悪感なども、出家を後押しした要因です
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
皮肉にも、望まぬ妊娠・出産によって、彼女の人生はそれまでと大きく変わり、精神的な自立への一歩を踏み出します。
『お人形』から『ひとりの人』としての成長といってもいいでしょう。
とはいえ、その後も実子である薫に特別な関心を払うことはなく、ただただ仏の道に縋るのみ。
六条院を引っかき回すだけ引っかき回して仏門に入ってしまった女三の宮は、成長したといっても根本的な部分ではあまり変わらず、出家したことでますます浮世離れした人として描かれるのでした。
2、『あさきゆめみし』における女三の宮~過保護な父親による優しい虐待の被害者~
『あさきゆめみし』に描かれる女三の宮は情緒に乏しく、周囲へはもちろん、自分自身にもあまり関心がありません。
皇女として生まれ、父帝に誰よりも深く愛され、望めば何でも手に入る生活……。
それが当たり前だと、「何かを望むこと」すらなくなってしまうのかもしれませんね。
朱雀院の深すぎる愛は、彼女からあらゆる気力を奪ってしまったのでしょう。
結果、彼女はまるでお人形さんのような、自分だけの世界で生きる才気のない女性になってしまいました。
源氏にとってはただのトロフィーワイフであり、人形です
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
源氏の関心も早々に潰えてしまいますが、それすら彼女にとってはどうでもいいこと。
ただ自分の好きなように、何事にも煩わされることなく、のんびり暮らせればすべてのことはどうでもいいのです。
そんな彼女の性質は、うっかり柏木に垣間見られてしまったときにも見られます。
通常であれば、「男性に見られてしまった=恥ずかしい!困った!」となるべきことろを、彼女は「源氏に怒られる=怖い!」で頭がいっぱい。
つい先日注意を受けたばかりなのも、女三の宮の恐怖を煽ります
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
相手の柏木のことはまったく頭になく、起こりえる最悪の事態について考えることもせず、自分のことだけで思考が停止しているのです。
そんな彼女ですから、いざ柏木が夜這いに来ても拒否しきれず、ただ放っておいて欲しいと泣くだけ。
しまいには「なにも考えるのはいや」と思考することさえ厭う始末
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
嫌だと言って泣きつつも受け入れてくれるのだから、柏木の想いが燃えるばかりなのも当然ですよね……。
しかし、こうなってしまったのも、元を辿れば彼女を誰より溺愛した父親・朱雀帝の過保護さが原因ではないでしょうか。
もちろん彼女の生まれ持った性質も大きいのですが、手元においてずっと可愛がっていた割に、彼女の性質を的確に見抜いた上できちんと教育し、ふさわしい居場所を見つけられなかったのは朱雀帝の落ち度でしょう。
女三の宮は朱雀帝の優しい虐待の被害者であるともいえますね。
3、女三の宮が六条院にもたらした影響は?降嫁によって揺るがされた紫の上の自信と命
ここまで読んでわかるとおり、女三の宮に源氏が女性としての魅力を感じるはずがありません(なんだかんだ激しい女が好きですからね、彼は)。
しかし、若く美しい皇女の降嫁に、それまで源氏の一の人とされてきた紫の上の心中が穏やかでないのは当然のこと。
といっても、いまさら女三の宮に嫉妬するわけではありません。
紫の上の心を打ち砕いたのは、長い時間かけて築き上げた二人の強い信頼と絆をあっさりと壊してしまった、源氏の軽率さです。
源氏が自分を誰よりも愛していることはわかっていて、だからこそ裏切りが悲しいのです
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
また、紫の上はずいぶん前から知っていました。
源氏が自分を通して誰か別の人を見ていること、その人を今もずっと追い求め続けていること。
そして、後ろ盾のない自分を無自覚にしろ妻として軽んじていること。
寝殿に住まう女三の宮を訪ねるワンシーン。紫の上は正妻ではないため、東の対に住んでいます
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
それでも源氏の愛を頼りにこれまで生きてきたのに、まだ人形遊びをしているような幼い姫君に正妻の座を奪われてしまったわけです。
このことは六条院に住む女性達や、六条院そのものにも大なり小なり影響を与えました。
女三の宮の女房には軽々しい人たちが多く、六条院の雰囲気も変わりました。また、こうした若い女房の一人が柏木を手引きするのです
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
穏やかであった六条院に新しい風を吹き込んだ女三の宮。
その風はあまりにも激しく、やがて紫の上は病み付いてしまうのです。
4、重要なテコ入れ要員であるがゆえの損すぎる役回り
人として何か欠けているように描かれる女三の宮ですが、柏木と関係をもったことでわずかながら情緒のようなものが生まれたのは事実です。
乳姉妹の女房にまでここまで言われる女三の宮
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
唐突な出家の決意も、六条の御息所(物の怪)の仕業だけではなく、彼女自身が強く望んだ結果だといえるでしょう。
それが源氏に対する恐怖や罪悪感、柏木・薫への煩わしさから出たものだとしても、彼女は人間として大きく成長しました。
源氏を正面切って批判する強さと思考力も手に入れました
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
しかし、出家という選択は、父親である朱雀院や源氏を落胆させ、薫から『母』という存在を奪いました。
自分の意思を持つようになったのは素晴らしいことですが、彼女に生来強い精神力や自立心があれば、こうはならなかったでしょう。
比較しても仕方のないことですが、『源氏物語』には、源氏との出会いから成長し、たくましく生きていく女性がたくさん登場します。
源氏を愛しながらも朱雀帝の妃としての道を選んだ朧月夜や、源氏への深い想いをけして伝えることなく、自分だけの愛の道を生きた槿の姫君。
そして、波瀾万丈の人生のなかで、それでも自分の足でしっかり立つことを決意した玉鬘。
彼女たちと比較すると、女三の宮はどうしてもキャラクターとしての魅力に乏しく感じてしまいますね……。
けれど、彼女も可哀想な女性。
ただ穏やかに暮らしていただけなのに、見ず知らずの男(柏木)に襲われ、あまつさえ妊娠してしまうなんて、この上ない恐怖でしょう。
好いてもいない相手との子を産むのは、作中に登場する女性では女三の宮だけ。
また、一度情けをかけた相手をけしておろそかにできない源氏が唯一冷酷に接した女性でもあり、彼女の″異質さ”を目立たせています。
その異質さこそ、紫の上の素晴らしさを源氏と読者に再確認させる要素であり、彼女がストーリー終盤の貴重な「テコ入れ要員」である証拠。
さらに付け加えるなら、彼女は他の男との子を産むことで源氏に過去の過ちを突きつけ、どれだけ位人臣を極めようとけして消えない罪があることを思い知らせる役どころでもあります。
まさか20年以上経ってこの件に触れられるとは……
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
ストーリー展開上欠かせないとはいえ、ひたすら損な役回りであることを考えると、いっそう女三の宮が可哀想に思えますね……。
しかし、それよりなによりライターがどうしても引っかかるのは、朱雀帝の親としての無責任さです。
「可愛い可愛い、かわいそうかわいそう」ばかりで「あとは夫になる人にまかせた!」ではあまりにも無責任(帝(院)という立場にいる人がどれだけ子の養育に関われるのかという点は別として)
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
親と子の間にあるのが無責任な愛であってはいけないし、そのベクトルもけして間違えてはいけない。
親が子に負う責任は時代を経ても変わらず、ライター自身、あらためてその大きさを確認して身が引き締まる思いです。
まさか『あさきゆめみし』(『源氏物語』)からこのような教訓を得るとは思わず、見方・読み方によっていろいろな立場の人に刺さる、深い作品だなと感じました。
皮肉なのは、女三宮自身が実子である薫にたいして愛情はもちろん責任も持てないままでいることですが、その薫についてはまた別の機会に。
(ayame)
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>その後も実子である薫に特別な関心を払うことはなく
女三宮は後に宇治十帖で異母兄弟で現在は亡き父朱雀院に代わって後ろ盾でもある今上帝からの愛娘の女二宮との縁談話を自分は寝殿を立ち退いても良いとまで言って強く勧めたことが薫が結婚を承諾した大きな一因にもなっているようになので晩年はそれなりに言いたいことも言える余生を送ったのではないでしょうか
甥の柏木との結婚を願い出る朧月夜の願いも聞く耳もたずきっぱりと拒否した朱雀院
朱雀院の中では第一の寵姫である朧月夜よりも、女三宮の方が明確に大切な存在であったことが分かります
作中ハッキリとは書かれていませんが自分の解釈ではこの事実が朧月夜に衝撃を与え、ふたたび源氏に靡いてしまった一因にもなった気がします
物語の中で一瞬出てくるだけの女三宮の生母である謎深き藤壺の宮の異母妹「源の女御」は朱雀院の女御たちの中でも一番真っ先に入内し朱雀院の寵愛も並々ならぬものがあったにも関わらず母の弘徽殿大后や右大臣一派には逆らえず中宮として立てられないまま死なせてしまったとあり、朧月夜にしてみればかつてのライバルの娘の方が大事なのかとカチンと来たのかもしれません
本来はこの女三宮の母である源女御こそが朱雀帝の中宮になると見做されていたのでしょうが、それを周囲からの圧力に逆らえず有耶無耶にしてしまったまま死なせてしまった源の女御の朱雀院自身の悔恨
帝の座を退き「朱雀院」になってからいくらか自由な身になった事で、周囲に遠慮する必要がなくなり、かつて愛した故人とその遺児である娘の女三宮を大切に思う心が募り、遺された娘への偏愛となっていったのではないかと推察します
見過ごされがちですが、晩年の朱雀院の中では源女御母娘>>>朧月夜の図式となっており、この事が後に様々な波紋をもたらすことにもなったのだと思います
じつは朱雀院サイドにも源氏物語の大正義?藤壺の血統が大いに影響を与えているという意味で、まさに六条御息所以上に魔性の血筋という他ありません
コメントありがとうございます!
朱雀院の女三の宮への偏愛の裏にある源の女御への深い愛、それに起因する朧月夜と源氏の復縁……とても興味深いです!
『あさきゆめみし』では源の女御はちらとも登場しないのですが、名無し草さんのコメントを読み「なるほど!」と深く納得しました。
そしてあらためて、藤壺(の血統)はおそろしいと思わずにはいられませんね……。