みなさんこんにちは!ほんのり歴女なマンガフルライターayameです。
今回も始まりました、名作『あさきゆめみし』キャラ解説。
第14回は、作中屈指の存在感を誇る異色の姫君・末摘花です!
『源氏物語』には数多の女性が登場しますが、映像化やコミカライズで取り上げられるのは重要な役どころの姫君ばかり。
しかし、末摘花はストーリーに大きく絡むキャラクターではないものの、『源氏物語』のメディア化では高確率で登場する姫君の一人です。
理由はその異色さにあり……?!
詳しく見ていきましょう!
このコラムの初回0回はこちらです↓
こちらは『あさきゆめみし』の完全版。美しい!
また、55周年記念の新装版も発売しています。
目次
1、『源氏物語』における末摘花
源氏が幼い紫の君を引き取って間もなくのころ。
相も変わらず理想の女性を求めては「これは」と思う人に手紙を出したりさりげなく口説いたり、期待通りでなければ落胆したりと忙しく(?)過ごしている源氏。
そんな源氏に、乳母の子である大輔の命婦はとある姫君の話を聞かせます。
なんでも、「亡き常陸宮の姫君で、高貴な生まれながら後ろ盾がないゆえに生活に困窮した、悲劇の姫君」がいるとか。
頼る相手のいない高貴な血筋の美しい(とは言っていない)姫君……そんな想像をした源氏は、がぜん興味津々です。
そうして命婦の手引きによってこっそり姫君の邸を訪れた源氏。
姫君の奏でる琴の音を聞きながら、あまりに寂れて荒れた邸の様子に「亡き常陸宮が大切に育てた姫君のこと、さぞ心細い思いをしているのだろう」としみじみ思うのです。
同時に、「こういう荒れ果てた場所にこそ、思いがけない可憐な女性がいるのかもしれない」などと都合のいいことも考えてしまうのが源氏の性。
しかし、その後どれだけ手紙を送っても姫君から返事はありません。
「こんなことは初めてだ」と苛々を募らせる源氏ですが、親友でありライバルの頭中将も常陸宮の姫君に興味を持ってしまったことで、競争心も相まって源氏の情熱はいっそう燃え上がるばかりです。
ついに我慢の限界が来た源氏は命婦に拝み倒し、ついに姫君と逢瀬を果たします。
が、ここへきてもどれほど言葉をかけても返答のない姫君……。
命婦から聞いていた「内気で世間知らずで恥ずかしがり屋で驚くほど古風」という姫君像に違和感を覚えつつ、やることはしっかりやるのが源氏です(褒めてます)。
そんなこんなで無事に源氏と姫君は恋人同士に。
しかし、とある雪の朝、姫君の顔を見た源氏はビックリ仰天。(顔もろくに見ずに恋人になるなんて驚きですが、当時は照明も暗いですし夜になれば真っ暗なので、そうそう珍しくないのかもしれません)
「すごい……!」
(文庫版『あさきゆめみし』1巻 大和和紀/講談社 より引用)
姫君はひどく座高が高く、ガリガリに痩せ細っていて、肩の辺りなどは着物を着ていても可哀想なくらいゴツゴツして見えます。
顔は青白く、額がやけに広いのに顔の下半分も長く、とにかく顔が長い。長い。とてつもなく長い。
そんな長い顔の中でなにより目立つのは、やたらと高くて長い鼻です。
鼻先は赤く垂れ下がっていて、まるで像のよう……。
頭の形はとても美しく、髪はまるで滝のように豊かで黒々としていて見事なのですが、色あせて黒ずんだ着物に黒貂の皮衣を合わせるという古臭くて奇っ怪なファッションのせいでせっかくの長所も霞んでしまいます。(とはいえ、黒貂の毛皮=セーブルなのでとても高級品。落ちぶれていてもさすがは宮家です)
(ところで、平安時代でも座高が高い=マイナス要素なのがちょっと面白いですね。平安貴族の姫君は立ち歩くことは稀で、ちょっとした移動も膝でいざっていたそうなので、基本はほとんど座りっぱなし。座高が高いと実際よりもデカく見えてしまうがゆえのマイナス要素なのでしょうか……)
源氏は「なぜ顔を見てしまったのだろう」と後悔してしまいますが、冷静になってからはかえって彼女を哀れに思い、終始気を配って暮らし向きのことなど細々とした援助をするようになるのです。
その後、源氏は須磨と明石に三年間隠遁することになるのですが、姫君はその間も辛抱強く源氏を待ち続け、そんな彼女の一途さ・素直さに感心した源氏は、帰京後しばらくして姫君を自身の別邸に住まわせ生涯面倒を見るようになったのでした。
そんな姫君の呼び名は「末摘花」。
末摘花=紅花=赤い花=赤い鼻というちょっと笑えない洒落のきいた呼び名ですが、源氏の口から出る言葉なら、きっと不思議と雅な響きを持っているのでしょう。
末摘花が”妻として”用意した源氏の衣装は、見てるこちらが恥ずかしくなるくらい表も裏も真っ赤な野暮な直衣で、源氏はあきれてしまいます
訳:親しみを感じるような色でもないのに、なぜこの末摘花(=紅花)に手を触れたのだろう
(文庫版『あさきゆめみし』1巻 大和和紀/講談社 より引用)
2、『あさきゆめみし』における末摘花~原作以上に真面目で古風な憎めないお姫様~
『あさきゆめみし』における末摘花は、原作以上に真面目で古風で世間知らずで奥手で内気、それでいて頑固に描かれています。
なんとか暮らし向きを改善しようと働きかける女房に対してもこの反応……
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
趣のある会話などできず常にオドオド……命婦がサバサバ系のモダン美女として描かれているぶん、彼女のちょっと「足りない」感じが目立っています。
さすがは源氏の乳姉妹であり宮廷仕えをしている命婦。姫君への会話も和歌を引用するなど洗練されています。
対する姫は……ちょっと残念。
(文庫版『あさきゆめみし』1巻 大和和紀/講談社 より引用)
いざ源氏がやってくるというときも、命婦はテキパキ
(文庫版『あさきゆめみし』1巻 大和和紀/講談社 より引用)
そんな末摘花ですが、なぜか不思議と憎めず、むしろキュートと感じられるような魅力があります。
容姿は残念だし、源氏だけではなく命婦にすら気の利いた受け答えもできない彼女ですが、そんな彼女のある種「残念であるがゆえの魅力」をしっかり描いているのが『あさきゆめみし』のすごいところ。
いざ事に及ぶときに口から出る念仏に、命婦に諭されても一途に源氏を信じて待つ姿ーー。
これで萎えない源氏もすごい……
(文庫版『あさきゆめみし』1巻 大和和紀/講談社 より引用)
顔を見られて以降、源氏の訪れが無く落胆する姫君。
これはいけないと「実はすごい遊び人なんです!いっそ姫から見限っては?」との命婦の言に対しても、この反応です。
(文庫版『あさきゆめみし』1巻 大和和紀/講談社 より引用)
残念なんだけど、ついついクスッと笑ってしまう。
重々しくシリアスなストーリーの中で、コメディ要素満載の彼女のエピソードは肩の力を抜いて気楽に読める、ある意味箸休め的存在です。
おそらく紫式部も重々しくシリアスなストーリーのなかに「道化」の必要性を感じ、末摘花というキャラクターを創り上げたのではないでしょうか。
だからこそ、その存在感は紫の上や藤壺といったメインどころの女性にも引けを取りません。
「残念であるがゆえの魅力」を全面に出し、それゆえに読者に強い印象を残す異色の姫君、末摘花。
『あさきゆめみし』ではあまりにも頑固すぎてイライラしてしまうこともありますが、それも含めて「残念であるがゆえの魅力」と言えるでしょう。
3、「もっと賢く美しく生まれたかった」……心の底からの悲しい叫びに胸が痛くなる
源氏の援助を得て生活に潤いを取り戻した末摘花ですが、源氏が須磨に隠遁してからはその援助も途絶えてしまいます。
しかも、源氏は帰京後もしばらくは彼女の存在を忘れており、生活は困窮を通り越してもはや餓死寸前状態。
なんとか勇気を出して源氏に手紙を書こうとしますが、それもかなわず……。
末摘花の細い肩には自分だけではなく家人の生活もかかっておえり、真剣に身の振り方を考えなければならなくなりました。
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
頼れる女房も意地悪な叔母に奪われ、待てど暮らせど愛しい源氏はやってくることはなく、今にも崩れそうな邸にひとりぼっち……。
それまで健気に一途に源氏を待ち続けていた末摘花ですが、「源氏にとって自分はほんの戯れだった」ということに、とうに気づいていました。
認めてしまうのは悲しく惨めですが、根が素直な彼女は穏やかに事実を受け入れます
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
だからこそ、末摘花は心の底から湧き出る思いを抑えられなくなります。
この時代、父や恋人・夫などの男性に頼らなければ高貴な女性ですらまともな生活はそうそうできません。
そしてそのためには、優れた容姿や教養が欠かせないのです……。
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
世間知らずゆえに素っ頓狂な行動ばかり取っていて、しかもそれを恥とも思っていなそうな末摘花。
自身の容姿や教養のなさにも無頓着かと思えば、実際は誰よりも自分自身を冷静に見つめられる人だったのです。
女性であれば、一度は「もっと美人だったら」と望んだことがある人はけして少なくないはず。(少なくともライターは常日頃そう思っています←容姿にコンプレックスあり)
末摘花の心の底からの叫びは、そんな女性読者の心に親近感と同情、そして憐れみの念を沸かせ、胸を苦しくさせます。
ただの「道化」では終わらず、読者の心に言いようのない痛みをもたらすのも『あさきゆめみし』の末摘花ならではと言えるでしょう。
4、異色の姫君は現代女性の背中も押してくれる存在
『源氏物語』に登場する姫君は、多くが容姿や身分、教養に優れた女性ばかりです。
源氏自身、そういった女性を好んでおり、そうではない女性は歯牙にもかけません。
そんななか、醜悪とも言われる容姿をもちながら源氏の恋人になり、生涯彼の庇護を受けることになる末摘花は、まさに異色の姫君。
源氏に「女性の魅力は外見や身分や教養だけではない」とまさに身を削りながら教えてくれた存在です。(まぁ、その教訓もとくに生かされてはないですが。なんせ源氏は永遠に藤壺を求め続ける藤壺コンプレックス持ちなので)
ちなみにこの末摘花、空腹で気絶してます(笑)
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
女性の魅力として容姿が重んじられるのは平安時代も現代も変わりませんが、もしかしたら紫式部はそんな通念に末摘花を以て一石を投じようとしたのかもしれませんね。
もちろん、紫式部の明確な意図はわかりません。ただのコメディ要素として面白おかしく末摘花を登場させただけの可能性もあります。
でも、平安時代以降も『源氏物語』は愛され続け、結果的に「女性は容姿や教養だけではない」という教訓は現代にも生かされることになります。
女性の価値観や自己評価の方法が大きく変わりつつある現代において、末摘花は女性を強く励ます存在ともいえるでしょう。
そういった意味でも、彼女は異色の魅力あふれる姫君だということができますね。
(ayame)
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