みなさんこんにちは!ほんのり歴女なマンガフルライターayameです。
今回も始まりました、名作『あさきゆめみし』キャラ解説。
第26回目は、源氏の(表向きの)長子・夕霧くんです!
源氏が正妻である葵の上との間に設けた嫡男である夕霧。
臣籍に降下したとはいえ父は皇子であり、母親は左大臣家のお姫様という、どこに出しても恥ずかしくない都イチの貴公子です!
源氏によく似た容姿に優れた才能、高貴な血筋……とくれば、父に負けず劣らずさぞやモテモテ!……かと思いきや?
実は夕霧、性格は父である源氏と正反対!
その生真面目かつ頑固な性格がよくわかる数々のエピソードをサクッと解説しつつ、複雑な父子関係についても考察していきましょう!
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こちらは『あさきゆめみし』の完全版。美しい!
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目次
1、『源氏物語』における夕霧
冒頭の通り、夕霧は源氏の表向きの長子です。(本当の長子は源氏が藤壺の宮ともうけた冷泉帝)
大貴族の嫡男として生まれましたが、生後すぐに母である左大臣家の姫・葵の上が死去。
通常、男の子は父親の邸で育つものですが、源氏は夕霧を左大臣邸にとどめ、幼い夕霧は祖母である大宮にこの上なく愛されて育ちます。
その左大臣邸には、長男である頭中将(葵の上の兄)の幼い娘も身を寄せていました。
彼女の名は雲居の雁。(なんだか呼びにくい名前ですよね)
親と離れて暮らす同じ寂しさを持つ幼い2人は、大宮の深い愛のもとで大切な幼なじみとしてすくすくと成長します。
いわゆる筒井筒ですね(※『伊勢物語』)
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
そんな2人が互いに恋心をもつのは当然の流れで。
しかし、夕霧が元服し、雲居の雁には入内話まで持ち上がり、すったもんだの末2人は離ればなれになってしまいます。
けれど、そこで諦めないのが夕霧。
実はこの人、源氏の息子とは思えないくらい一途で真面目な人なんです。
けして腐ることなく地道に努力を重ね、十分に出世をしてから雲居の雁を迎えに行き、ついにゴールイン。
一夫多妻が当たり前の時代に珍しく、本妻である雲居の雁以外には妾を一人つくっただけで、雲居の雁と子供をたくさんつくって幸せに暮らします。
と、言いたいところなのですが……。
順風満帆に見えた彼の生活は、親友である柏木の未亡人である落葉の宮に恋したことで少しずつ変化していきます。
生真面目すぎる性格故、恋愛ごとに疎い夕霧が初めて迷う恋の路……。
無理やり落葉の宮と結婚したおかげで本妻である雲居の雁との仲もこじれ、夕霧はあらためて自分が恋愛ごとには向かないのだと肩を落とすのでした。
2、『あさきゆめみし』における夕霧~幼少期・思春期・青年期にわけて~
夕霧くんの若かりし日々は波乱万丈。
“あの”光源氏の息子なのだから仕方ないとはいえ、都イチの貴公子にしてはなかなかハードなものです。
『あさきゆめみし』では、そんな彼の悩み・苦しみを具に描いています。
ここでは幼少期と思春期、青年期にわけて見ていきましょう。
2-1 幼少期~心無い大人たちに傷つけられて育つ自尊心~
夕霧くんの第一の不幸は、この世に生を受けてすぐに母親を亡くしてしまったこと。
そして、そのまま実父である源氏とも離れ離れになってしまったことです。
祖母である大宮は彼を溺愛しましたが、両親の愛とぬくもりを知らずに育ったことは、幼い心に少なからず傷を残したといえるでしょう。
(とはいえ、源氏のもとで育つことが最善とはいいがたいですが…)
そんな彼の慰めになったのが、幼馴染の雲居の雁です。
彼女は夕霧にとって、母であり姉であり妹であり、とても大切な存在。
永遠に変わらずずっと一緒にいられると思っていた二人ですが、『大人』になることで二人は引き裂かれてしまいます。
元服すれば、夕霧は父である源氏のもとに居を移さなければなりません。
また、雲居の雁も、裳着を迎えればいかに従兄妹といえど、夕霧と直接対面することはできません。
さらなる追い打ちは、元服した夕霧に与えられた位。
当時、源氏は内大臣であり、政界のトップ。
その息子ともなれば、四位は確実だろうと言われていました。(ちなみに、源氏自身は元服とともに従三位の位を与えられ、近衛の中将の官職につきました)
しかし、夕霧に与えられた位階はなんと六位で、官職はなし。
これは源氏の意向で、夕霧を大学寮に入れるためなのですが、大臣の息子にも関わらず五位より低く昇殿すらできないのはとんでもなく屈辱的なことです。
しかも、平安貴族は位階によって衣服の色が決められているため(六位は浅葱色)、位を隠したくても周囲に簡単にバレてしまい、同情や奇異、嘲りの目は避けようがありません。
雲居の雁は慰めてくれますが、これでは結婚の申し込みもできません
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
あまつさえ、雲居の雁の乳母に「うちのお姫様の相手が浅葱ふぜいなんて!」とまで言われてしまい、夕霧の心はもはやボロボロです。
それもこれも源氏の子を思う親心故だったわけですが、当の夕霧からすればそんなこと知ったこっちゃありません。
珍しく親らしいところを見せた源氏でしたが……
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
しかし、この苦い経験によって芽生え育った自尊心が、彼を強く支え、ぐんぐん実力をつけていくことになるのです。
2-2 思春期~美女との出会いの数々も雲居の雁へ収束~
毎日真面目に頑張る夕霧くんですが、そんな彼にも休息は必要。
というわけで、豊明の節会(新嘗祭のあとに行われる宴会)で披露される五節の舞のリハの見学にやってきました。
五節の舞とは、五人の舞姫による特別な舞。
その年は、源氏が乳兄弟である惟光の娘を舞姫の一人に選出していました。
雲居の雁に会えない寂しさもあった夕霧は、美しい彼女を見て思わず文を出します。
しかし、彼女はすでに典侍として出仕することが決まっており、夕霧は「僕が好きになる人はみんな遠くに行っちゃうみたい……」とセンチメンタルになるのです。(この舞姫は後に藤の典侍と呼ばれ、夕霧の妾になりました)
それからしばらく後、とある野分の日に、夕霧は偶然風にあおられた御簾の隙間から紫の上の姿を垣間見してしまいます。
父の妻である紫の上のこの世のものとは思えない美しさに、激しく動揺する夕霧
(文庫版『あさきゆめみし』3巻 大和和紀/講談社 より引用)
心の中でひっそりと「樺桜の君」と慕い、誰に知られることなく、その後長く紫の上に思いを寄せ続けます。
さらにその直後、源氏に引き取られたばかりの玉鬘の姿も垣間見し、その美しさに再び驚愕。
玉鬘が実の姉でないことが判明するとさっそく求愛するものの、あっさり断られてしまいます。
玉鬘のほうが一枚上手でした
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
このように、雲居の雁一筋といわれる夕霧ですが、実はちょこちょこほかの女性に情を寄せています。
幼いころから雲居の雁だけを思い、元服してからは勉強勉強でまともに女性と関わってこなかった夕霧にとって、想像を超える美女との数々の出会いはさぞ衝撃的だったでしょう。
同時に、己の経験不足と恋愛資質のなさを深く痛感することとなりました。
思春期に彼が経験したほのかな恋心が実を結ぶことはほとんどありませんでしたが、それらもすべて雲居の雁とのゴールインに収束すると考えれば納得のかたちでしょう。
夕霧と雲居の雁が離れ離れになって六年、密かに文のやり取りを続け、夕霧と内大臣(頭の中将)との確執、ふいにわいた夕霧の縁談など、さまざまな障害を乗り越えながらも、二人はようやく結ばれるのです。
ハラハラしましたが、無事に結ばれました
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
2-3 青年期~遅れて目覚めたパッションで夫婦生活に危機~
雲居の雁と結婚した夕霧は、平安貴族にはとても珍しく、雲居の雁ひとりを妻として愛します。
例外は藤の典侍ですが、彼女に関しては雲居の雁も渋々ではあるものの認めている形。
子供はなんと12人……!夕霧もだけど雲居の雁と藤の典侍もすごい!
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
しかし、そんな生活も、親友である柏木が亡くなり、未亡人となった落葉の宮のお世話をするようになって一変。
所帯じみた我が家と妻は色褪せて見え、雅やかで慎み深く、淑やかで品のある落葉の宮への恋心が募っていきます。
夕霧曰く、雲居の雁のことは愛しているものの、幼い恋心そのままに成長したため恋らしい恋とは言えず、落葉の宮への想いこそ初めて経験する大人の恋であると。
ヒートアップする夕霧は誰も止めることができず、源氏の苦言さえも届くことはなく……。
怒った雲居の雁は実家に帰ってしまい、二人は別居状態に。
嫌な言い草だ!
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
夫婦喧嘩は周囲を大きく巻き込みつつ(なんせ都イチ高貴な有名夫婦ですから)、二人の冷戦はしばらく続きます。
しかし、紫の上の死により夕霧は「愛」について再び考えるようになり、雲居の雁とやり直すことを決意。
その後は雲居の雁と落葉の宮のどちらも同じように大切にし、きっちり一日おきに交互に通うようになります。
源氏の死後は、夕霧が六条院の主となり、物語は宇治十帖へと続いていきます……。
3、紫の上への密かな思慕などに暗示される源氏と夕霧の複雑な父子関係
ここでは夕霧と源氏の父子関係に注目してみましょう。
夕霧は父である源氏を尊敬しており、源氏も夕霧を愛しているのが伝わります。
二人の仲は良好のように見えますが、しかしどこか違和感があり、希薄である感も否めません。
まだ玉鬘を姉と思っていたころ、源氏との艶めいた場面に遭遇した時の夕霧の反応は、息子としては頓珍漢としか言いようがありません。
『当たり前の親子の形』を知らないが故のリアクションですね
(文庫版『あさきゆめみし』4巻 大和和紀/講談社 より引用)
また、落葉の宮への浮気心をたしなめられたときなどは、しれっとスルーした挙句に花散里と「どの口が言うのか(意訳)」と笑う場面もありました。(まぁ、自分を棚上げして説教してくる年寄りにムカつくのは当然でしょうが)
花散里もなかなか言いますね
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
このように、父子の間にどこかズレた感じや冷たいものを感じるのは、誕生直後から別々の邸で暮らし、そのうえ物心つく前に源氏が須磨に隠棲したことで、十分な信頼関係や当たり前の父子の絆を築けなかったからではないでしょうか。
また、父親の最愛の妻である紫の上に対して恋心を抱くあたり、エディプスコンプレックスの気を隠しきれません。
そもそも源氏自身も父親の妻を寝取っており、その経験から夕霧をけして紫の上に近づけず、容姿の冴えない花散里に彼の面倒を頼みました。
夕霧と源氏の間にみられるちょっとした違和感や通常の父子間では見られない複雑な感情は、すべて源氏の過去の過ちから生まれたものだといってもいいでしょう。
あらためて、源氏がその行いで多くの人の人生を惑わせ、狂わせたことに気づく瞬間です。
ちなみに、現代の感覚だとドン引きですが、継母への恋慕自体はこの時代ままあることだったようです。(例:空蝉に言い寄った紀伊の守)
一夫多妻制ゆえ、なさぬ仲でも容易に親子関係になることが多いからでしょうか。
ともかく、成就しなかったとはいえ父親と同じ道に進みかけていたあたり、やはり父子なのだなと思わされますね。
4、恋愛下手もここまでいくか?父子の比較であらためて浮かびあがる源氏の特殊性
雲居の雁と結婚するまで、恋愛に関してはパッとしなかった夕霧。
そのせいか、大人になってから恋に落ちた落葉の宮に対しては恐ろしいほどアグレッシブ。
故人の遺志を言い訳にしてせっせと通いつめ(この時点では本当にお見舞いだけ)、夫を亡くしたばかりの落葉の宮は「静かに暮らしたいのに……」と煩わしく感じます。
通い始めて3年にもなると、図々しくも「こんなにマメに来てるのに、いまだに直接言葉ももらえないの?」なんて言い出す始末。(これまでずっと女房を通してのやり取りのみ)
相手は親友の未亡人といえど内親王。
誇り高い落葉の宮は、ますます夕霧のことを厭わしく思います。
さらには、濃い霧(夕霧)に紛れて無理やり宮の御前にダイレクトアタック。
内親王は未婚を通すのが慣例です(例外は大いにあり)。その内親王に「人妻だったんだからわかるでしょ?」なんていうのは、大変な侮辱というわけです
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
そのまま夜明けまで過ごすという、夕霧にしては驚きの大胆さを見せます(この時点でもとくに何もしてはいません)。
かねてより病で臥せっていた宮の母親は、このことを知り大変驚くとともに深く嘆き、この上は二人を結婚させるしかないと決意するものの、タイミング悪くそれを認めた文を夕霧はなかなか読めず……。
宮の母はショックのあまり病状が急速に悪化し、夕霧を恨んだまま命を落とします。
夕霧は責任を感じ、いっそう宮のお世話に精を出しますが、こうなるといよいよ宮は夕霧が嫌で嫌でたまりません。
これまでの夕霧の行動は、もはや宮にとってすべて嫌がらせと言ってもいいでしょう。
- 静かに過ごしたいのに頻繁に来訪
- 母のために静かな山荘で療養しているのにそこにも来訪
- 無理やり押し入り一夜を過ごし、内親王という尊い身分を辱める
- 臥せっている母にショックと誤解を与えたうえ、とどめを指す
さらにその後は、宮にとって母との思い出が詰まった大切な実家(一条の邸)を勝手に改装し、いやだと言ってるのにほとんど無理やり山荘から一条の邸に引っ越しまでさせます(ただし、そうでもしなければ宮の生活が立ち行かなかったのも事実)。
何より怖いのは、これ、夕霧はすべて良かれと思ってやってることなんですよね……。
こうして夕霧は念願かなって落葉の宮との結婚の舞台を整えたわけですが、宮がそれを受け入れるはずがなく、結婚初日のいわゆる初夜に塗籠に閉じこもるという事件が発生。
正直、落葉の宮の気持ちもわかる……!
(※塗籠……四方が壁の寝殿造りの中で唯一といっていい閉鎖的空間。普段は物置のように使われることが多い。物語の中では言い寄る男性から女性が逃げ込む場所としてよく登場する)
(文庫版『あさきゆめみし』5巻 大和和紀/講談社 より引用)
本懐を遂げることは叶わず、夕霧はとんだ恥をかいてしまいます。
このシーンには、源氏の息子でありながら、容姿以外似ても似つかない夕霧の恋愛下手っぷりがよく描かれています。
源氏も初手で女性に拒絶されたことはありますし、それこそ障子や襖に掛け金をかけられて拒否されたこともありますが、そこを上手く言い募って丸め込み、相手から扉を開けさせて寝技に持ち込むのがいつものパターン。
夕霧が恋愛下手過ぎるのも事実ですが、あらためて源氏の特殊さに気づかされるエピソードです。
ちなみに、その後落葉の宮の心も徐々に解け、宇治十帖では夕霧と良い夫婦関係を築いているのがわかります。(夕霧の名誉のために、念のため)
5、源氏を懐古させつつ宇治十帖へとつなげる重要なキャラクター
夕霧のキャラクターを深堀りしていくと、息子であるがゆえについ源氏と比較してしまい、互いの特性が際立って見えます。
それこそが夕霧の役割の一つであり、源氏亡き後の宇治十帖へと物語をつなぎつつ、長く源氏を懐古させる要因といえるでしょう。
それは別として、いちキャラクターとしての夕霧の魅力は、真面目で頑固すぎるところと、努力家なところ、そして恋愛下手だけど一途なところ。
これらは短所ともいえますが、父と違って完璧すぎないところがどこか抜けてて可愛らしさを覚えるポイントでもあります。
なにより、ひねくれたり歪んだりすることなくまともに成長したことは素晴らしいですし、そのおかげか晩年は比較的穏やかな生活を手に入れることができました。(終生思い悩むキャラが多いなか、勝ち組といってもいいでしょう)
源氏という人を父にもち、なにかとままならないことの多かった夕霧ですが、トータルで見るときちんと清算された人生とも言えますね。
突っ込みどころ満載の恋愛面はさておき、健気で努力家、目的のためには骨身を惜しまないひたむきさなどは、怠惰を極めるライター自身、おおいに見習いたいものです。
(ayame)
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